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第五十話「鏡像の少女と、パステル・モザイクの午後」

 王城の旧い講堂は、昨夜の幻灯機の熱をまだ微かに帯びていた。床には、消えかけた虹色のモザイク模様が、朝の光にうっすらと浮かび上がっている。


 シャルロッテは、幻灯機を抱きしめ、テラスのベンチでうたた寝をしていた。モフモフは、彼女の足元で丸くなっている。


 その時、幻灯機から、ごく微細な、ガラスの破片が触れ合うような音がした。


 シャルロッテが目を覚ますと、彼女の目の前には、昨日幻灯機の中にいた少女が、立っていた。


 少女は、幻灯機の古い映像そのままの、時代錯誤なモノクロームのドレスを着ているが、その髪と瞳は、シャルロッテと同じプラチナ色の銀と、翠緑の光を宿している。彼女の存在は、まるで現実の空気とは異なる、静かな、古いフィルムの匂いを放っていた。


「わあ! あなた、誰?」


「私は、ロザリア。あなたと鏡像きょうぞうの、遠い場所の私」


 少女、ロザリアは、そう言って、フッと微笑んだ。彼女の笑顔は、美しいが、どこか儚く、ガラス細工のように、いつ崩れるかわからない危うさを秘めていた。



 シャルロッテは、ロザリアの存在を、何の疑問もなく受け入れた。まるで、遠い昔からの親友が、突然現れたかのように。


「ロザリア、あなたのドレス、可愛くないね。でも、儚くて、とても綺麗だよ」


 シャルロッテは、ロザリアの手を取った。ロザリアの手は、現実の体温ではなく、冷たい月光のような温度を持っていた。


「あなたは、本当に私と遊んでくれるの?」


「うん! だって、あなたは、私の可愛い気持ちを、過去から救い出してくれたんだもん!」


 二人の少女は、手を取り合い、庭園へ向かった。


 庭園の薔薇園に入ると、ロザリアが歩くたびに、彼女のモノクロームの足元から、パステルカラーの光の破片がこぼれ落ちていく。その光の破片は、現実の薔薇の赤や、葉の緑を吸い込み、モザイクのように、周囲の風景を塗り替えていく。


 ロザリアは、月光の吐息の前に立ち止まった。


「この花、私には、モノクロームの悲しい色にしか見えなかったわ」


 シャルロッテは、その花に、光属性魔法で虹色の祝福をかけた。


「大丈夫! 可愛いものは、みんなで分かち合うの!」


 ロザリアの瞳が、その虹色の光を浴びた瞬間、彼女のモノクロームのドレスのフリルに、一瞬だけ、淡い菫色が宿った。



 その午後、アルベルト王子とフリードリヒ王子は、講堂の近くを通りかかった。彼らの目には、シャルロッテが、誰もいない空間に向かって、熱心に話しかけ、一人で駆け回っている姿が見えた。


「シャル、どうしたんだ? 一人遊びか?」


 フリードリヒが心配そうに尋ねる。


「違うよ、兄様! ロザリアと遊んでるの!」


 しかし、フリードリヒの視線には、シャルロッテの隣にいる、ロザリアの姿は映らない。彼らの知覚は、現実のシャルロッテしか捉えられないのだ。


 アルベルトは、妹の無邪気な笑顔を見て、静かに微笑んだ。彼は、妹の豊かな感性が創り出した、「誰も触れられない、妹だけの美しい世界」を理解した。この年頃の少女にはよくある、「彼女にしか見えないお友達」がいるのだろう。


「ああ、そうか。ロザリアと、楽しい時間を過ごすんだぞ」



 夕暮れ時、講堂に戻ったロザリアは、シャルロッテに優しく微笑んだ。


「もう行かなくちゃ。私は、過去の時間の住人だから」


 彼女の姿は、まるで霧のように薄くなり、周囲の光を吸収して消えようとする。


「ねえ、ロザリア。また来てくれる?」


「ええ。あなたの『可愛い』という感情が、私を呼んでくれる限り、私はいつでも、この幻灯機の中にいるわ」


 ロザリアは、シャルロッテの頬に、冷たい月光のようなキスを残し、幻灯機の中へと消えていった。


 シャルロッテは、頬に残る冷たい感触と、講堂全体に残る古いフィルムの匂いだけを頼りに、それが夢ではなかったことを知る。


 彼女の心の中には、過去の誰かの儚い記憶と、現在の温かい愛が交錯した、美しく不思議な時間が残った。シャルロッテの周りの世界は、現実と幻想の境界が曖昧になり、すべてが愛と可能性に満ちた、爽やかで優しい空間となったのだった。

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