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第五話「三女殿下と子熊モンスターの城下町大騒動」

 それは、春の花祭りの準備で城下町が賑わっている日のことだった。


 シャルロッテは、エマ、オスカーと共に町を散策していた。お気に入りのレモンイエローのドレスに身を包み、腕には新しい虹色ユニコーンのぬいぐるみを抱えている。


「わあ、可愛い! あの花飾りも素敵だね!」


 仕立て屋の前を通りかかると、店主のヨハンが、ミルク色の毛並みをした猫を抱きながら、優しく微笑んでくれた。


「殿下、今日は特に可愛らしいですな。この花飾りは、ぜひ殿下にも」


「ありがとう、ヨハンさん!」


 すべてが平和で、穏やかで、幸せな一日になるはずだった。



 突然、町の広場の方から、大きな叫び声と、何かが壊れるような音が響いた。


「きゃあ! 魔物よ!」


「逃げろ!」


 人々がパニックになり、一斉に逃げ始める。


「オスカー! 何が起こったのですか!」


 エマが震える声で尋ねた。


「これは……! 森に生息するロックベアの子です! どうやら、城下町に迷い込んでしまったようです!」


 オスカーはすぐに剣に手をかけた。巨大な熊のような姿の「ロックベア」は、全身が硬い岩石に覆われた魔物だ。だが、その広場にいるのは、まだ子供のロックベアだった。体高はシャルロッテの倍ほどだが、岩のような硬い体で、市場の屋台を次々と薙ぎ倒している。


「グルルルル……! ガウ!」


 ロックベアの子は、ただ怯えているように見えた。耳をぺたりと伏せ、瞳は不安でいっぱいだ。暴れているというより、広すぎる場所に戸惑い、パニックになっているように見える。しかし、その硬い岩の体が触れるだけで、木製の屋台は簡単に粉砕されてしまう。


「いけない! あのままでは、パン屋の『麦の香り』まで行ってしまう!」


 エマが叫んだ。麦の香りは、エマの家族が営む、大切なパン屋だ。


「よし、オスカー。私がお守りします! 殿下を城へ!」


「待って、エマ!」


 シャルロッテは、オスカーに抱きかかえられる前に、するりと抜け出した。


「わたしが、あの子をこらしめてあげる!」


「シャル様!?」


 シャルロッテの顔は、恐怖どころか、少し怒っているようだった。前世の記憶から、彼女は「いじめ」や「一方的な暴力」が大嫌いだった。この子熊モンスターは、みんなの大切な物を壊す「いじめっ子」に見えたのだ。


「みんなを怖がらせて、物を壊すなんて、可愛くないわよ!」


 シャルロッテは、小さくつぶやくと、子熊の方へと駆け出した。



 子熊モンスターは、次の標的を雑貨屋のショーウィンドウに定めたようだった。可愛いテディベアの人形がきらきらと並んでいる。


「だめ!」


 シャルロッテは、子熊の前に立ちふさがった。


「そこの可愛い子たちを壊したら、許さないんだからね!」


「ガウ?」


 子熊は戸惑ったように立ち止まった。その時、シャルロッテの全身から、虹色の魔力が溢れ出した。



 「いじめっ子」をこらしめるには、効率的で優しいお仕置きが必要だ。


 シャルロッテは、前世の知識と魔法を組み合わせた作戦を開始した。


●移動の封鎖(土属性応用):


「動いちゃだめ!」

 シャルロッテは、地面に小さな魔法陣を描く。土属性魔法を応用し、子熊の足元だけ、アスファルトのように粘性の高い地面に変える。子熊の岩の足が、ねばねばした土に埋まり、身動きが取れなくなる。

「ガウ!?」


●鎮静化(水属性応用):


「少し落ち着くの!」

 続けて、水属性魔法で、子熊の頭上からふわふわの綿あめのような泡を降らせる。これは、洗浄や冷却を応用した魔法で、鎮静効果のあるハーブを溶かし込んだ「癒やしのアロマ泡」だ。子熊の体に触れると、ひんやりとして、とても気持ちが良い。


●視覚の誘導(光・風属性応用):

「こっちにいらっしゃい!」


 最後に、光属性と風属性を組み合わせる。子熊の視界の先に、小さな虹色の光の玉を浮かべ、それを優しく導くように動かす。子熊は、泡と光に戸惑いながらも、岩の体を必死に動かして、その虹色の光を追おうとする。


「さすがはシャル様……!」


 オスカーが感嘆の声を漏らした。力でねじ伏せるのではなく、動きを封じ、落ち着かせ、優しく誘導する。


 虹色の光の玉は、広場の中心にある噴水の側に子熊を誘導した。子熊は、ついに岩の体を動かせなくなり、噴水の縁に座り込んだ。


「ガウ……グルル……」


 子熊は、もう暴れていない。ただ、不安そうに、虹色の光をじっと見つめている。



 シャルロッテは、警戒するオスカーやエマを後に、子熊に近づいた。


「もう、怖くないよ」


 子熊は、シャルロッテの小さな姿を見て、再び不安そうに鳴いた。


 シャルロッテは、持っていた虹色のユニコーンのぬいぐるみを、子熊の鼻先に優しく差し出した。


「これ、ふわふわだよ。怖かったね。ごめんね、みんなが怖がらせちゃって」


 子熊は、恐る恐るぬいぐるみに触れた。冷たい岩の手と、ふわふわのシルク。そのコントラストに、子熊は目を丸くした。


「……ミゥ」


 子熊は、初めて、獣の鳴き声ではない、小さな猫のような声を上げた。そして、シャルロッテの小さな手を、ペロリと優しく舐めた。


 その時、シャルロッテは確信した。この子は、ただの迷子だったのだと。


 広場に集まっていた人々は、その光景を見て、騒ぎを忘れて見入っていた。


「殿下は、本当に……天使だ」


「岩の熊が、猫みたいな声を……」



 その日の夕方。ルードヴィヒ国王は、執務室で報告を受けていた。


「――つまり、我が末娘は、虹色の魔力と、粘性の土壌改良、鎮静効果のあるハーブエキスを組み合わせた『優しさのお仕置き魔法』で、子熊モンスターを確保したと?」


「は、はい、陛下。そして、その子熊は、現在、薔薇の塔のシャルロッテ様の居室で、ユニコーンのぬいぐるみを抱いて寝息を立てております」


 オスカーは、疲れ切った顔で報告した。


「ああ、我が宝は、なんて心優しく、そして合理的なのだ! 力ではなく、知恵と優しさで魔物を制する! これぞ、我がエルデンベルク王国の理念を体現した姿!」


 ルードヴィヒは、感極まって涙ぐんだ。


 その時、エレオノーラ王妃が入ってきた。


「あなた! また大袈裟に! 魔物など、騎士団に任せればよかったのよ!」


「だがエレオノーラ! 見なさい! この子熊の目つきを! 怯えていただけで、悪意などない! シャルロッテは、この子の心を見抜いたのだ!」


 ルードヴィヒが差し出した報告書には、子熊を撫でるシャルロッテの絵が描かれていた。


「……本当に、悪意がないようね」


 エレオノーラは、その絵を見て、ふと顔を和ませた。


「あのね、ルードヴィヒ。あの子は、ロックベアの子じゃないわ。どうやら、ロックベアの群れから迷い込んだ、『もふもふベア』の稀種らしいわよ。毛皮が岩のように硬いだけで、中身は普通の、ただの子熊。しかも、とても可愛いわ」


「え、エレオノーラ。お前、いつの間にそんなことまで……」


「先ほど、念のため、マリアンネと一緒に魔法研究室で鑑定しておきました。私は、あなたのように娘の『願い』で国を動かすような愚行はしませんが、娘の『安全と、可愛いコレクション』のためなら、多少の王家の研究費を使いますわ」


 エレオノーラは、涼しい顔でそう言った。彼女の目もまた、シャルロッテへの溺愛で輝いている。



 その日の夜、薔薇の塔の秘密の小部屋。


 シャルロッテは、広場から連れてきた子熊――モフモフと名付けた――を、天蓋付きのふわふわベッドに優しく寝かせた。


「モフモフ。もう怖くないよ。ここは、とっても可愛いものがいっぱいの、優しいおうちだからね」


 岩のように硬い体を撫でてあげると、モフモフは不安そうに「ミゥ……」と鳴いた。その体は、まだ警戒している時の岩石のような状態のままだ。


 シャルロッテは、虹色ユニコーンのぬいぐるみをモフモフの隣に置き、優しく頭を撫で続けた。


「大丈夫、大丈夫だよ。みんな、モフモフのこと、可愛いって思ってるから」


 しばらくすると、シャルロッテの温かい手が伝わったのか、モフモフの岩石のような体に変化が起こり始めた。硬い岩石の層が、パラパラと小さな音を立てて剥がれ落ちていく。そして、その下から現れたのは、光を吸い込むような濃い茶色の、驚くほどもふもふとした柔らかい毛皮だった。


「わあ……!」


 その姿は、まるで巨大なテディベアのよう。子熊は、警戒心が解けた安堵からか、小さく欠伸をした。


「可愛い~!」


 シャルロッテは、感嘆の声を上げて、思わずモフモフの柔らかい体に抱き着いた。


「ふわふわ! こんなにモフモフなんだね! もう岩じゃなくて、ただのぬいぐるみだよぅ~!」


「ミィ……」


 モフモフは、シャルロッテの腕の中で安心しきったように喉を鳴らし、虹色ユニコーンのぬいぐるみを抱きしめた。その幸せそうな寝顔は、広場で暴れていた時とは別人のようだ。


 エマが、その様子を窓の外から見て、静かに涙ぐんだ。


「シャル様は、本当に……」


 シャルロッテは、モフモフの横に座り、そっとその温かい体を抱き寄せた。


「モフモフちゃんも、きっと可愛いものが好きなんだよね。わたしと一緒だわ」


 窓の外の星を眺めながら、シャルロッテは心の中で呟いた。


 可愛いものに囲まれて、みんなが幸せになれる世界。


 それが、彼女の、ゆったり異世界ライフの何よりの宝物だった。


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