第五百二話「三角形の秘密基地と、姫殿下の『最小最大の魔法』」
その日の午後、王城の庭園の一角では、大掛かりな工事が行われていた。
夏の強い日差しを避けるため、新しい東屋を建設しているのだ。宮廷建築家のグロピウスは、汗を拭いながら図面と格闘していた。
「石の柱を四本立て、その上に重厚な屋根を乗せる……。しかし、これでは視界が遮られるし、何より資材の運搬に時間がかかりすぎる」
重力に逆らって重い屋根を支えるには、それ以上に太く重い柱が必要になる。それが建築の常識だった。
そこへ、シャルロッテがモフモフを連れてやってきた。彼女は、積み上げられた石材ではなく、資材の梱包に使われていた細長い「木の棒」と「紐」の山に興味を示した。
「ねえ、グロピウスおじさん。お家を作るのに、こんなに重い石はいらないよ」
グロピウスは苦笑した。
「姫殿下。家というのは、重くて頑丈でなければ、風で飛んでしまいますぞ」
「ううん。違うよ。一番強い形はね、重さじゃなくて『形』で支えるの」
シャルロッテは、マリアンネ王女を呼び止めた。
「お姉様、手伝って! マッチ棒パズルみたいな、面白い実験だよ!」
シャルロッテは、細い木の棒を三本組み合わせて、「三角形」を作った。
そして、その三角形をいくつも繋ぎ合わせ、五角形や六角形の網目構造を作り始めた。
「シャル、これは……? 柱がないわ。これでは屋根を支えられないわよ」
マリアンネは、そのスカスカな構造を見て首を傾げた。
「支えるんじゃないの。みんなで引っ張り合うの」
シャルロッテは、光属性魔法と風属性魔法を、接着剤代わりに使った。
彼女は、棒と棒の接点に、「押し合う力(=圧縮)」と「引き合う力(=張力)」を均等に行き渡らせた。
すると、地面に平たく置かれていた網目が、ムクリと起き上がり始めた。
まるで生き物のように、自ら立体へと組み上がっていく。
それは、柱も梁もない、無数の三角形だけで構成された、巨大な「半球体」だった。
「な、なんだこれは!?」
グロピウスが叫んだ。
目の前にあるのは、大人が何人も入れるほどの巨大なドームだ。しかし、使われている材料は、細い木の棒と紐だけ。重さは、石の柱一本分にも満たないだろう。
それなのに、驚くほど頑丈だった。
「見て! 『卵の殻』みたいでしょう?」
シャルロッテは、ドームの頂点にぶら下がってみせた。細い棒は、きしむことさえなく、彼女の体重を全体に分散させて受け止めた。
「これが、『三角形のお家』だよ! 少ない材料で、一番大きなお部屋が作れるの!」
マリアンネは、興奮して計算を始めた。
「信じられない……。全ての部材にかかる荷重が均等に分散されているわ。これは、構造力学の極致よ! 最小のエネルギーで、最大の空間を獲得している!」
シャルロッテは、仕上げに取り掛かった。
彼女は、水属性魔法を応用し、ドームの骨組みの間に、薄い水の膜――シャボン玉のような膜――を張った。
太陽の光を受けたドームは、虹色に輝く巨大な宝石のようになった。中は涼しく、視界を遮る柱は一本もない。360度、庭園の景色が見渡せる。
「ここならね、お日様も、風も、全部お友達だよ。地球という大きな船に乗っている気分になれるね!」
グロピウスは、自分が設計していた重厚な石の東屋の図面を、そっと丸めた。
目の前にある「軽やかで、透明で、強靭な建築」こそが、未来の形だと悟ったからだ。
「おお、姫殿下……。これは、建築ではありません。これは『宇宙の構造』そのものです」
その日の午後、王族たちは、この不思議なドームの中でお茶会を開いた。
外から見れば、庭園に巨大なシャボン玉が降りたようだ。
中では、柱のない広々とした空間で、モフモフがのびのびと転がり、シャルロッテが笑っていた。
重力と戦うのではなく、形と仲良くすることで生まれた、軽やかな奇跡の空間だった。




