第五百一話「鉄壁の将軍と、青い鳥の『勘違いプロポーズ』」
その日の午後、王城の騎士訓練場には、カンッ! カンッ! という硬質な音が、断続的に響き渡っていた。
剣を交える音ではない。もっと小さく、しかし神経に障る音だ。
音の発生源は、国境警備の英雄、「鉄壁のジークフリート」将軍の兜だった。
彼は、直立不動で新兵たちの訓練を監督していたが、空から降ってくる「謎の飛来物」に悩まされていたのだ。
「……ぬう。またか」
将軍が頭をさすると、そこには小指の先ほどの、つるりとした綺麗な小石が落ちてきた。
上空を見上げると、一羽の美しい青い鳥――サファイア・ジェイ――が、旋回している。
ジークフリート将軍は、歴戦の勘を働かせ、険しい顔でフリードリヒ王子に告げた。
「殿下。あの鳥は、ただの鳥ではありません。正確に私の兜の天頂部を狙って投擲を行っています。おそらく、敵国のスパイが訓練した『暗殺鳥』か、あるいは我々の集中力を削ぐための『精神攻撃』でしょう」
フリードリヒも、深刻な顔で頷いた。
「確かに。これほど執拗に将軍を狙うとは。俺が弓で撃ち落とそうか?」
訓練場は、「対空防御」の緊張感に包まれた。屈強な騎士たちが、たった一羽の小鳥を相手に、盾を構えようとしている。
◆
そこへ、シャルロッテがモフモフを連れて通りかかった。
彼女は、騎士たちが空を睨みつけているのを見て、不思議そうに近寄ってきた。
「ねえ、将軍様。兄様。何をしているの?」
「おお、姫殿下。危険です、下がっていてください。空からの投石攻撃を受けております」
将軍が、足元に落ちている数個の小石を指差した。どれも、川原にあるような、丸くて艶のある綺麗な石ばかりだ。
シャルロッテは、空を飛ぶ青い鳥と、将軍のピカピカに磨き上げられた銀色の兜を交互に見た。
そして、前世で見た動物ドキュメンタリーの知識を思い出し、吹き出しそうになるのをこらえた。
「あのね、将軍様。あれは攻撃じゃないよ」
「なんと? では、これは威嚇射撃ですか?」
「ううん。あれはね、『愛の告白』だよ!」
その場にいた全員が、石になったように固まった。
愛の告白? この強面の、岩のような将軍に? 鳥が?
シャルロッテは、ニコニコしながら解説した。
「あの鳥さんはね、結婚相手を探しているの。そして、一番気に入った相手に、自分が一番きれいだと思う『宝石(=小石)』をプレゼントして、『僕と結婚してください!』ってお願いする習性があるんだよ」
シャルロッテは、将軍の兜を指差した。
「将軍様の兜は、この訓練場で一番ピカピカで、キラキラしているでしょう? だから、あの鳥さんは、将軍様(の兜)を、世界で一番素敵なパートナーだと思っちゃったんだよ!」
沈黙が流れた。
そして次の瞬間、カンッ! と、また一つ、愛の礫が兜に当たって跳ねた。
それはもはや敵襲の音ではなく、熱烈なラブコールのノック音に聞こえた。
フリードリヒが、腹を抱えて笑い出した。
「ぶっ……! はははは! そうか、将軍! 貴殿はモテモテだな! 種族を超えて求愛されるとは、さすがは鉄壁の男だ!」
ジークフリート将軍の赤銅色の顔が、さらに赤く染まった。
敵の軍勢を前にしても眉一つ動かさない男が、小鳥の求愛に狼狽している。
「こ、これは……なんと面妖な……。しかし、求愛されているとなれば、無下にはできん……」
将軍は、困り果てた顔で、兜の上に落ちてきた小石を拾い上げた。
よく見ると、それは形も色も厳選された、見事な小石だった。鳥なりの、精一杯の贈り物なのだ。
「どうすればいいのですか、姫殿下。私は、鳥とは結婚できませんが」
「受け取ってあげて。そしてね、『ありがとう、でも僕には大きすぎるかな』って、優しく断ってあげるの」
将軍は、咳払いを一つした。
そして、空に向かって、兜を脱ぎ、深々と一礼した。
「……貴殿の気持ちは受け取った! 素晴らしい石だ。だが、我々は住む世界が違う! もっとふさわしい相手を見つけてくれ!」
将軍の野太い声が響き渡ると、青い鳥は「チチッ」と残念そうに鳴き、しかし満足げに翼を翻して、森の方へと飛び去っていった。失恋したが、想いは伝わったといった風情だ。
シャルロッテは、モフモフの頭を撫でた。
モフモフも、足元にあった小石を一つ拾って、シャルロッテの手に乗せた。「ボクも好きだよ」という合図だ。
「ありがとう、モフモフ」
その日の訓練は、いつもより和やかな雰囲気で終わった。
ジークフリート将軍は、鳥からもらった小石を捨てずに、「自然からの勲章」として、執務室の机に飾ることにしたという。
勘違いから始まった「攻撃」は、知識によって「ロマンス」に変わり、鉄壁の騎士の心を、ほんの少しだけ柔らかくしたのだった。




