第四百九十六話「銀の鏡と蜂蜜の壺、そして二人の『賢い交換』」
冬の足音が近づき、王城の窓ガラスが白く曇る季節になりました。
もうすぐ、年に一度の「感謝の贈り物」の日がやってきます。
シャルロッテは、薔薇の塔の自室で、モフモフの背中をブラッシングしながら悩んでいました。
モフモフの毛並みは、冬毛に生え変わり、驚くほど分厚く、もこもこになっています。それはまさに、最高級のテディベアのようです。
(モフモフに、何か素敵なプレゼントをあげたいな。最近、このブラシが古くなって、毛が引っかかっちゃうみたいだし……)
シャルロッテは、城下町の道具屋で見かけた、「最高級の猪毛で作った、熊専用の大きなブラシ」のことを思い出しました。硬い毛もしっかりと梳かせる、逸品です。
しかし、シャルロッテのお小遣いは、先日の寄付で使い果たしており、高価なブラシを買う余裕はありませんでした。
シャルロッテは、鏡台に置かれた、自分の宝物を見つめました。
それは、亡き祖母から譲り受けた、純銀の手鏡でした。裏面には美しい彫刻があり、シャルロッテはいつもこの鏡で、モフモフとのツーショットを映して遊ぶのが大好きでした。
(……うん。モフモフが気持ちよくなるほうが、大事だもんね)
シャルロッテは決心しました。彼女は、こっそりと城を抜け出し、古道具屋でその銀の手鏡を売り、そのお金で「最高級のブラシ」を買いました。
◆
一方、モフモフもまた、シャルロッテへの贈り物について悩んでいました。
彼は、言葉は話せませんが、シャルロッテが最近、鏡台の前で「鏡を置くための、素敵なスタンドがあったらいいのに」と呟いていたのを知っていました。銀の手鏡は重く、立てかけておくのが難しかったのです。
モフモフは、自分の秘密の隠し場所――庭の木の根元の洞――へ行きました。
そこには、彼が秋の間に森で必死に集めた、「黄金の蜂蜜がたっぷり詰まった、野生の蜂の巣」と、「希少な木の実のコレクション」が隠されていました。
熊にとって、冬を越すための食料であるこれらは、命の次に大切な宝物です。
(……ミィ。主様のためなら、お腹が空いても平気だ)
モフモフは、その蜂蜜と木の実を、庭師のハンスに頼んで市場で売ってもらいました。その珍味は高値で売れ、モフモフはついに、「銀の手鏡にぴったりの、美しい飾り台」を手に入れました。
◆
そして、「感謝の贈り物」の日の夜。
シャルロッテとモフモフは、暖炉の前で向かい合いました。
「はい、モフモフ。これ、プレゼントだよ!」
シャルロッテが包みを開けると、そこには、立派な「猪毛のブラシ」が入っていました。
モフモフは、目を丸くしました。そして、申し訳なさそうに、自分が用意した箱を鼻先で押しました。
シャルロッテが箱を開けると、そこには、「銀の手鏡を立てるための、精巧な飾り台」が入っていました。
「あ……」
シャルロッテは、飾り台を見つめ、そして自分の空っぽになった鏡台を見ました。
鏡はもうありません。ブラシを買うために売ってしまったのですから。
モフモフもまた、ブラシを見つめました。
彼は、飾り台を買うために、大好物の蜂蜜と木の実を手放してしまいました。冬の間、ツヤツヤの毛並みを保つための栄養源は、もうありません。痩せてしまえば、この立派なブラシも出番が減るでしょう。
二つのプレゼントは、どちらも「使う相手」を失ってしまっていたのです。
部屋に、静寂が流れました。
しかし、次の瞬間、シャルロッテは、ブラシと飾り台を抱きしめて、クスクスと笑い出しました。
「あはは! 私たち、似たもの同士だね、モフモフ!」
モフモフも、状況を理解し、「ミィ(ほんとだね)」と、短く鳴いて、シャルロッテの膝に頭を乗せました。
「鏡はないけど、この台は、お花を飾るのにぴったりだよ。それに、このブラシは、私がモフモフを撫でる代わりに、いっぱいつかってあげる!」
シャルロッテは、新しいブラシで、モフモフの分厚い背中の毛を梳かしました。
ザッ、ザッ、という心地よい音が響きます。
蜂蜜はなくなってしまいましたが、シャルロッテの愛のこもったブラッシングがあれば、モフモフの心は十分に満たされました。
二人は、役に立たなくなったプレゼントを、世界で一番大切な宝物として棚に飾りました。
それは、互いが互いを思うあまりに起きた、最も愚かで、そして最も賢い「愛の交換」の証だったからです。
その夜、熊の子のような寝息を立てるモフモフと、その横で眠るシャルロッテの夢は、どんな宝石よりも甘い蜂蜜の金色に輝いていました。




