第四百九十三話「黄金のソースと、姫殿下の『仲直りの乳化魔法』」
食欲の秋。王城の菜園では、新鮮な野菜がたわわに実っていた。
採れたてのキュウリ、ニンジン、セロリ。どれも瑞々しくて美味しそうだが、騎士団長のフリードリヒ王子だけは、山盛りの野菜スティックを前に、眉間に深い皺を寄せていた。
「……ううむ。体作りのために野菜が必要なのはわかる。だが、このままボリボリ食べるのは、どうにも味気ない。まるでウサギになった気分だ」
屈強な騎士たちも、塩を振っただけの生野菜を前に、少し悲しそうな顔で咀嚼を続けている。彼らの体は、もっと濃厚で、背徳的な味を求めているのだ。
そこへ、シャルロッテがモフモフを連れて、小さなバスケットを持って現れた。
「兄様たち、元気がないね? お野菜さんは、もっと美味しくなりたがっているよ! お野菜さんの声を聴いてあげて!」
「おお、シャルか。だが、これ以上どうすれば……煮込むか?」
「ううん。魔法のクリームをつけて食べるの!」
シャルロッテは、前世の記憶にある「あの魅惑の調味料」を再現することを思いついた。
材料はシンプルだ。新鮮な卵の黄身、お酢、そしてたっぷりの油。
シャルロッテは、厨房からボウルと泡立て器を借りてきた。
マリアンネ王女も、面白そうな気配を察知して見学にやってくる。
「卵と酢と油? シャル、それは混ざらないわよ。水分と油分は反発し合うのが自然の摂理だわ」
マリアンネが冷静に指摘する。
しかし、シャルロッテは胸を張った。
「だからこそ、魔法が必要なの! これはね、『仲直りの魔法』なんだよ!」
シャルロッテは、ボウルに黄身とお酢を入れ、少し混ぜた後、油を「一滴ずつ」垂らし始めた。
ここが最大のポイントだ。一気に入れると分離してしまう。
「喧嘩しないように、すこーしずつ、近づけてあげるの。卵さんが、油さんとお酢さんの間に入って、手を繋がせてあげるんだよ」
シャルロッテは、泡立て器を必死に動かした。
カシャカシャカシャカシャ!
彼女の腕力では大変なので、途中から風属性魔法をごく微量、泡立て器の回転に加える。
油を垂らしては混ぜ、垂らしては混ぜ。
最初はサラサラだった液体が、次第にトロリと重くなり、美しいクリーム色に変わっていく。
これが科学で言うところの「乳化」だが、シャルロッテにとっては「みんなが仲良くなって、一つに溶け合った証」だった。
「仕上げに、お塩と胡椒で、魔法の粉をパラリ!」
完成したボウルの中には、艶やかで、ぷるぷるとした黄金色のクリーム――マヨネーズがたっぷりと満たされていた。
「できた! 『王宮特製・仲良しとろとろソース』だよ!」
フリードリヒは、恐る恐るキュウリのスティックを手に取り、その謎のクリームをたっぷりとつけて口に運んだ。
カリッ。
……んぐ。
次の瞬間、王子の目がカッと見開かれた。
「な、なんだこれはーっ!!」
口の中に広がる、濃厚なコクと、絶妙な酸味。卵のまろやかさが野菜の青臭さを包み込み、油の背徳感が脳を揺さぶる。
ただのキュウリが、ご馳走に変わった瞬間だった。
「うまい! うますぎる! 野菜が無限に食えるぞ!」
フリードリヒは、猛然と野菜スティックを食べ始めた。
それを見ていた騎士たちも、次々とソースに手を伸ばす。
「なんだこの悪魔的な味は!」
「セロリが……セロリが肉のように美味い!」
マリアンネも、一口味見をして目を丸くした。
「信じられない。分離するはずの物質が、完全に安定したコロイド状態を保っている……。しかも、この味の中毒性はなにかしら? 脳内の快楽物質が分泌されているわ」
あっという間に、山盛りの野菜スティックは消滅した。
騎士たちは「もっと野菜を持ってこい!」「いや、このソースをパンに塗りたい!」「茹でた芋につけたら最高では?」と、マヨネーズの虜になってしまった。
シャルロッテは、モフモフの鼻先にちょんとついたマヨネーズを拭いてあげながら、満足げに笑った。
「よかったね。お野菜さんも、仲良しソースのドレスを着られて、嬉しそうだよ」
その日以来、王国の騎士団では野菜の消費量が劇的に増え、みんな以前より健康になった(ただし、マヨネーズのかけすぎで少しふっくらした騎士もいたとかいないとか)。
シャルロッテの「仲直りの魔法」は、水と油だけでなく、騎士と野菜の仲まで取り持ってしまったのだった。




