第四十九話「ノスタルジアの幻灯と、消えてゆく少女の笑い声」
その日の午後、王城の旧い講堂は、どこか遠い時代に取り残されたような、独特の空気に包まれていた。窓ガラスは、幾重にも重なるステンドグラスで装飾され、差し込む光は、床一面に原色のにじんだ虹色のモザイクを撒き散らしていた。
シャルロッテは、モフモフを抱き、講堂の中央に立っていた。彼女の白いドレスのフリルは、虹色の光を浴びて、水彩画のように滲んで見えた。
「ねえ、モフモフ。ここ、なんだかおばあちゃんの家の匂いがする」
それは、懐かしさの中に、微かな切なさ、そして「もう戻れない場所」へのノスタルジーが混ざり合った感覚だった。
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シャルロッテは、講堂の隅に、埃を被った古い幻灯機を見つけた。幻灯機には、埃を被ったスライドがセットされている。
好奇心に駆られたシャルロッテは、光属性魔法で、幻灯機を優しく修復し、稼働させた。
すると、講堂の壁一面に、過去の王城の情景が映し出された。それは、建国間もない頃の、モノクロームで、少しぶれた映像だ。映像の中には、シャルロッテと同じ年頃の、一人の少女が、無邪気に走り回っている。
その少女は、シャルロッテと銀髪こそ似ているが、どこか時代錯誤な、古いドレスを着て、遊んでいる。
「わあ、可愛い! この子、誰だろう?」
映像の中で、少女は、幻灯機が置かれているまさにその場所で、小さな玉を追いかけている。少女が笑うたびに、映像にはパチパチと、フィルムの燃えるような、小さな光のノイズが走る。
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シャルロッテは、その映像に強く引き込まれた。彼女は、映像の中の少女と、一緒に遊んでいるように、講堂の中を走り始めた。
彼女が幻灯機の光を横切るたびに、映像の中の少女の笑顔が、鮮やかな原色に染まり、一瞬、現実のシャルロッテと重なる。その瞬間、少女の笑い声が、講堂全体にこだまし、風が吹き抜けた。
その笑い声は、王城の過去の記憶が、今のシャルロッテの純粋な「可愛い」という感情によって、現実と交錯しているようだった。
しかし、笑い声は、シャルロッテが立ち止まると、すぐにフィルムの燃える音と共に、遠ざかる。その笑い声は、誰かの死ではなく、過去という時間の中に、もう二度と触れられないという、儚い喪失感を伴っていた。
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その時、イザベラ王女とマリアンネ王女が、妹を迎えに講堂へやってきた。
彼女たちは、幻灯機の映像を見たが、映像の中の少女が誰なのか、検討もつかない。
「シャル、誰の映像なの?」
「わかんない。でもね、この子、私と遊んでくれてるんだよ!」
シャルロッテは、幻灯機に向かって、自分の虹色の魔力を込めた。少女の映像は、一瞬、全ての色が溶け合ったような、極彩色のアニメーションへと変化し、講堂全体が、熱狂的な喜びに包まれた。
そして、映像が燃え尽きるように消えた後、講堂の空気は、静かな、しかし温かいノスタルジーの余韻に満たされた。
シャルロッテは、幻灯機をそっと抱きしめた。
「この子はね、もういないけど、私の心の中では、ずっと一緒に遊んでくれるんだよ」
彼女は、過去の誰かの儚い記憶を、自分の「可愛い」という感情で肯定し、愛という形で救済したのだった。