第四百九十話「ガラクタの螺旋と、姫殿下の『拾いもの宮殿』」
その日から、シャルロッテの散歩は、奇妙な「巡礼」へと変わっていた。
彼女は、地面ばかりを見て歩くようになったのだ。
そして、大人が見向きもしないような、変な形の石ころ、欠けたレンガ、雨で洗われたガラス片、あるいはねじれた木の根っこなどを、まるで聖遺物でも見つけたかのように大切に拾い上げては、ポケットに詰め込んでいた。
「姫様、そのような汚れ物を……」
オスカーが止めようとしても、シャルロッテは頑として聞かなかった。
「違うよ、オスカー。これはゴミじゃないの。これは『お城になりたがっているカケラ』なの」
シャルロッテは、拾い集めたガラクタを、王城の裏手にある、誰も使わない窪地へと運び込んだ。
そして、たった一人で、それらを積み上げ始めた。
設計図はない。あるのは、シャルロッテの脳内にある「爆発しそうなイメージ」だけだ。
彼女は、土属性と光属性の魔法を、接着剤のように使った。
石の上にガラスを置き、その上に貝殻を乗せ、さらに錆びたスプーンを突き刺す。物理的には崩れ落ちるはずのバランスだが、彼女の魔法がそれを強引に、しかし強固に繋ぎ止める。
一日、また一日と、その「何か」は高くなっていった。
それは、建築物とは呼べない代物だった。
窓のない窓枠。どこにも通じていない小さな階段。壁から突き出した無数のビー玉。
貝殻と石灰が混ざり合い、有機的で、グロテスクで、しかし目が離せないほど緻密な装飾が施された、高さ三メートルほどの「塔」が出現したのだ。
マリアンネ王女が、その塔を見にやってきた。彼女は、建築学的な視点から評価しようとしたが、すぐに眼鏡を外して揉んだ。
「……理解不能だわ。重心が狂っている。構造力学を無視している。様式も、ゴシックでもバロックでもない。これは……分類不可能な『混沌の結晶』よ」
シャルロッテは、泥だらけの手で、さらに青いタイルの破片を貼り付けながら言った。
「お姉様。こっちはね、妖精さんの玄関。こっちは、モグラさんの展望台。そしてここは、風が休憩する椅子だよ」
彼女の説明には、論理的な整合性はなかった。
ただ、「ここにはこれがあるべきだ」という、圧倒的な主観と情熱だけがあった。
通りかかったハンス庭師長も、その異様な塔に足を止めた。
彼は最初、庭の景観を損なうゴミの山だと思った。しかし、夕日がその塔を照らした瞬間、埋め込まれた無数のガラス片や鉱石が、ステンドグラスのように複雑な光を放ち、塔全体が生き物のように脈打って見えた時、彼は息を飲んだ。
「……美しい。花や木とは違う、シャルの『執念』が咲かせた花だ」
シャルロッテは、何日もかけて、その塔を拡張し続けた。
モフモフも手伝って、珍しい石を運んできた。
塔は、螺旋を描き、分岐し、また統合し、まるで珊瑚礁のように増殖していった。機能性は何もない。住むこともできないし、雨宿りもできない。
ただ、「そこにある」というだけの、圧倒的な質量を持った夢の塊。
完成した日、シャルロッテは、塔のてっぺんに、最後に拾った「鳥の羽根」を飾った。
「できた! 私の『拾いもの宮殿』!」
ルードヴィヒ国王が、その塔を見上げた。
彼は、王城の完璧な建築群と、この歪な塔を見比べた。
王城は、権威と秩序のために作られた。しかし、この塔は、純粋な「作りたい」という衝動だけでできている。
「……負けたな。余の城のどこよりも、このガラクタの塔のほうが、魂が自由だ」
シャルロッテは、塔の変な形のくぼみにすっぽりと収まり、満足げに笑った。
「えへへ。だって、世界中の『いらないもの』が集まって、一つの『宝物』になるのが、一番可愛いんだもん!」
その奇妙な塔は、取り壊されることなく、王城の裏庭にひっそりと残り続けた。
それは、誰の役にも立たないけれど、見る人の心の中に眠る「わけのわからない情熱」を、静かに刺激し続けるモニュメントとなったのだった。




