第四十八話「朝の光の粒子と、カスタードプリンの『小さな震え』」
その日の朝、薔薇の塔の居室は、完璧な静寂の中にあった。
窓からは、まだ斜めに入り込む朝の光が、室内の埃の一つ一つを、プラチナの微細な粒子に変えて見せていた。その無数の光の粒が、空中をゆっくりと、しかし確実に浮遊している。
シャルロッテは、天蓋付きのベッドから身を起こし、その光の粒に、そっと手を伸ばした。彼女の肌の表面で、光の粒子が極めて微細な摩擦音を立て、やがて虹色の魔力に触れて消滅する。
モフモフは、ベッドの下で、ごく小さな「ミィ」という鳴き声と、それに続く喉の奥の微細な振動をゴロゴロと発しながら、丸くなっていた。
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朝食は、大食堂ではなく、シャルロッテの希望で、薔薇の塔のテラスで用意された。テーブルには、エマが運んできた、朝露を帯びた白いレースのテーブルクロスが敷かれている。
シャルロッテの目の前に置かれたのは、彼女の好物である、カスタードプリンだった。
彼女は、銀のスプーンを手に取り、そのプリンを観察した。表面には、完璧な焦げ目色のカラメルが薄い膜を作り、その下は、極めて繊細な、絹のようなクリーム色をしている。
シャルロッテは、プリンに触れる寸前に、スプーンの先から、ごく微弱な水属性の冷却魔法を放った。それは、プリンの完璧な温度を、一瞬たりとも損なわないための、繊細な気配りだ。
そして、スプーンの先端が、プリンの表面に触れた瞬間。
プリン全体が、まるで生きているかのように、ごく小さな、微細な震えを起こした。その震えは、テーブルの木目一つ一つに、極めて優しい振動として伝わった。
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シャルロッテは、その震えを、舌で味わうよりも先に、感覚で受け止めた。
「ああ……」
彼女には、その震えが、「美味しい! 食べて!」という、カスタードプリンの喜びに満ちた、無言の訴えのように感じられた。
彼女は、その震えに感謝するように、そっとスプーンを入れ、プリンの柔らかい塊をすくい上げた。その塊は、口に入れると、舌の上で水滴が弾けるような、微細な感覚を残して溶け、その後に、卵とミルクの濃厚な甘さが、鼻の奥の粘膜にまで、ゆっくりと広がる。
エマは、その一連の動作を、息を詰めて見守っていた。彼女には、シャルロッテが、単なるプリンを食べているのではなく、プリンの持つ生命の歓びを、微細な感覚で受け止めていることが、見て取れた。
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食後、シャルロッテは、モフモフを抱いて庭園を歩いた。
彼女は、庭園の百合の花の、花びらの先端に溜まった朝露を観察した。朝露は、太陽の光を浴びて、ごく微細な、七色に揺らぐレンズを作り出している。
彼女は、そのレンズを覗き込み、百合の葉の表面の産毛一本一本が、鮮明に拡大されているのを見た。そして、その葉の産毛の先に、生命維持のための微弱な魔力の流れが、ごく細い糸のように走っているのを感知した。
「わあ、可愛い……」
彼女の「可愛い」という感覚は、見た目の美しさだけでなく、生命の持つ微細な構造と、律動、そして存在の精密さに向けられていた。
その日のシャルロッテの日常は、すべてが、微細な感覚と、愛に満ちた発見によって構成されていた。彼女のいる世界は、常に、愛らしい奇跡のディテールで満ちていた。