第四百七十三話「地下の水晶洞窟と、姫殿下の『ぷるぷるスライム・ピクニック』」
その日の午後、王家の避暑地の裏山で、ちょっとした冒険が始まろうとしていた。
先日、庭師のハンスが偶然発見した「小さな洞窟」の調査に、シャルロッテと二人の兄が赴くことになったのだ。
第二王子フリードリヒは、完全武装で剣を構え、鼻息も荒かった。
「シャル、俺の後ろを離れるなよ! 未開のダンジョンだ。どんな魔物が潜んでいるか分からん!」
第一王子アルベルトは、カンテラと羊皮紙のマッピングセットを手に、知的な興奮を露わにしていた。
「地質学的なサンプル採取の好機だ。未知の鉱脈があるかもしれない」
しかし、探検隊の隊長であるシャルロッテの装備は、麦わら帽子にリュックサック、そして水筒だけだった。
彼女にとって、これは「攻略」ではなく「遠足」なのだ。
「出発進行ー! おー!」
シャルロッテの掛け声と共に、一行は洞窟へと足を踏み入れた。
中はひんやりとしていて、外の夏の暑さが嘘のようだった。
少し進むと、壁面には自然に発光する「ヒカリゴケ」が群生しており、カンテラがいらないほど明るく、幻想的な青白い光に満ちていた。
「わあ……! 見て、モフモフ。星空が地面に落ちてきたみたい!」
シャルロッテは、壁にへばりつく光る苔を、指先でそっと撫でた。
彼女は、光属性と土属性の魔法を応用し、その苔を傷つけずに、岩のかけらごと綺麗に剥がし取った。
「これは、お部屋に飾る『生きたランプ』にするの。瓶に入れたら、きっと綺麗だよ」
彼女はリュックからガラス瓶を取り出し、苔を丁寧に詰めていく。即席のテラリウム作りだ。
さらに奥へ進むと、道がふさがっていた。
そこには、半透明で、ゼリーのような質感を持つ、一匹の巨大なスライムが道を塞いで寝そべっていたのだ。
フリードリヒが即座に剣を抜いた。
「魔物だ! シャル、下がっていろ! 俺が一刀両断に……」
「待って、兄様! 切っちゃダメ!」
シャルロッテは兄の前に飛び出し、両手を広げた。
そして、あろうことか、その巨大なスライムに向かって、ぽーんとダイブしたのだ。
ボヨヨン!
シャルロッテの体は、スライムの弾力で優しく受け止められ、トランポリンのように跳ね返された。
「きゃはは! すごい! これ、ひんやりしてて、すっごく気持ちいいベッドだよ!」
このスライムは、攻撃性を持たないオヤスミスライムの一種だった。彼らはただ、湿った場所で昼寝をするのが好きなだけの、平和な生き物なのだ。
モフモフも、シャルロッテに続いてダイブし、スライムの上でボヨンボヨンと跳ね回った。
フリードリヒは、剣を振り上げたまま固まった。
「……魔物が、遊具になっているだと?」
アルベルトは、興味深そうにスライムをツンツンとつついた。
「ふむ。この粘性は衝撃吸収材として極めて優秀だ。王城のクッション材に応用できるかもしれない」
結局、三人と一匹は、スライムの上でしばらく休憩することになった。
ひんやりとしたスライムの感触は、歩き疲れた足に最高のマッサージ効果をもたらした。シャルロッテは、スライムに「ありがとう、枕さん」と言って、持っていたクッキーをお裾分けした(スライムはそれをゆっくりと体内に取り込み、嬉しそうに震えた)。
洞窟の最深部は、小さな地底湖になっていた。
水は驚くほど澄んでいて、底に沈む水晶が、水面からの光を受けて虹色に輝いている。
「ここがゴールだね!」
シャルロッテは、湖のほとりの平らな岩の上に、チェックのレジャーシートを広げた。
魔物討伐でも、財宝の奪取でもない。
今日の目的は、この神秘的な地底湖のほとりで、エマが作ってくれたサンドイッチを食べることだったのだ。
「兄様たち、座って! 洞窟ピクニックの始まりだよ!」
フリードリヒは、剣を置き、鎧を緩めて座り込んだ。
「……まさか、ダンジョンで茶を飲むことになるとはな」
そう言いながらも、彼は涼しい洞窟内で食べるサンドイッチの味に、満足そうな顔をした。
アルベルトは、湖の地図を描きながら、サンドイッチを頬張った。
「この環境は素晴らしい。夏の間、ここを王家の避暑用ラウンジとして整備する計画を立てよう」
シャルロッテは、水晶が光る水面を眺めながら、冷たい麦茶を飲んだ。
「ねえ、モフモフ。暗くて怖い場所も、こうやってご飯を食べれば、楽しい秘密基地になるんだね」
帰る頃には、シャルロッテのリュックは、光る苔のテラリウムと、綺麗な石ころ、そして「冒険の思い出」でいっぱいになっていた。
洞窟を出ると、夕暮れの空が広がっていた。
シャルロッテは、大きく伸びをした。
「楽しかった! また、あのスライムさんのベッドに遊びに行こうね!」
それは、剣も魔法も必要としない、ただ「世界を楽しむ心」だけがあれば攻略できる、最高に平和なダンジョン探検だった。




