第四十七話「月の光の階段と、金色のアルベルトの憂鬱」
その夜、王城は月光に満ちていた。シャルロッテは、薔薇の塔の窓辺で、月明かりを浴びて眠るモフモフを抱きしめていた。銀色の巻き髪が、窓から差し込む光に照らされ、プラチナのように儚く輝いている。
ふと、シャルロッテは、遠い廊下から聞こえる、ごく微かな足音に気づいた。それは、眠れないアルベルト王子の足音だった。今日の彼は、完璧な王子という「仮面」の下で、時折、言いようのない「存在の空虚さ」に苛まれている。
シャルロッテは、兄の孤独と、その金色の髪が持つ「光の重責」を、感覚的に理解していた。
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アルベルトは、城の中庭を見下ろす、暗い階段の途中で立ち止まっていた。彼は、誰にも見られないこの時間だけ、完璧な王子としての姿勢を崩し、その端正な顔に、深い憂鬱を刻んでいた。
「私は、本当に私なのか……。それとも、皆が望む『黄金の彫像』でしかないのか」
彼は、自らの存在意義を問うていた。その時、階段の最上部、闇の中に、突然、虹色の微細な光の粒子が舞い始めた。
シャルロッテが、光属性魔法を応用し、窓から差し込む月光を操ったのだ。月光は、階段の壁に沿って、まるで虹色の絨毯のように降り注ぎ、暗い階段を照らし出した。
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シャルロッテは、アルベルトに近づき、その腕にそっとしがみついた。
「兄様。こんな暗いところで、一人でいるのは可愛くないよ」
アルベルトは、驚きながらも、妹の体温と、虹色の光の優しさに、心が震えるのを感じた。
「シャル……なぜこんな時間に……」
「だって、兄様の金色の光が、すごく悲しそうだったんだもん」
シャルロッテは、アルベルトの金色の髪を、そっと撫でた。そして、自分の銀色の髪から、微細な治癒と共感の魔力を、兄の髪へと流し込んだ。
「兄様の光はね、誰かのために輝く光じゃないの。兄様自身の、優しくて、とても美しい光なんだよ」
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アルベルトは、妹の純粋な愛と、その言葉の深さに、打ちのめされた。彼は、自らの存在を「役割」としてしか捉えられずにいたが、妹は「存在そのもの」を肯定してくれた。
彼は、妹を抱きしめ、月光と虹色の光に満たされた暗い階段で、静かに涙を流した。その涙は、誰にも見られずに抑圧されていた感情の結晶だった。
「シャル……ありがとう。私は、君の存在によって、私の存在を赦される」
その抱擁は、兄妹の愛を超えた、孤独と救済の儀式のようだった。
シャルロッテは、兄が自分の弱さを露呈することを許し、それを優しく包み込んだ。彼女は、兄の金色の光の中に潜む、深くて繊細な憂鬱を、自分の虹色の光で優しく中和したのだった。
月光の階段は、二人の間に、静かな愛の証を残した。そして、アルベルトは、再び、完璧な王子としての仮面を纏う力を取り戻した。だが、その仮面の下には、妹の愛という確固たる真実が、永遠に刻まれたのだった。