第四百六十六話「沈黙の儀式と、モフモフの『雷鳴なる予言』」
その日の午後、王城の奥座敷である「静謐の間」は、息をするのも憚られるほどの緊張感に包まれていました。
東方の国から招かれた高僧、無言上人が、百年の一度の奇跡と言われる「沈黙草」の開花を見守る儀式を執り行っていたからです。
この花は、咲く瞬間にだけ、この世の真理を告げる「微かな鈴の音」を鳴らすと言われていました。そのため、部屋の中は完全なる無音でなければなりません。
ルードヴィヒ国王、アルベルト王子、そしてシャルロッテ(と、膝の上のモフモフ)は、正座をして、固唾を呑んで植木鉢を見つめていました。
シーン……。
静かです。あまりにも静かすぎて、耳がキーンとなるほどです。
一分、五分、十分……。
緊張が高まり、誰もが極限状態にあった、その時でした。
グゥゥゥゥゥ……ン。
部屋の底から響くような、低く、長く、そして野太い音が鳴り響きました。
上人が、カッと目を見開きました。
「おお……! 聞こえたか、皆様! これぞ大地の唸り! 沈黙草が、大いなる予言を告げようとしておる!」
上人は、その音を「神聖な予兆」だと勘違いしました。
アルベルト王子は、青ざめて国王に耳打ちしました。
「(父上、今の音は地殻変動の前触れでは? 城の地下構造に亀裂が入った音に聞こえました)」
国王も深刻な顔で頷きます。
「(うむ。あるいは、地下に封印された古の魔獣が目覚めたか……)」
大人たちが「神の啓示」か「国家の危機」かで戦慄する中、シャルロッテだけは冷や汗をかいていました。
彼女は知っていたのです。その震源地が、自分の膝の上にいるモフモフのお腹の音であることを。
(どうしよう! モフモフ、今日はお昼寝しすぎてごはんを食べてなかったんだ!)
シャルロッテは、魔法で音を消そうとしましたが、この儀式の間は「魔力厳禁」。下手に動けばバレてしまいます。
その時、再び音が響きました。
キュルルッ、グゴゴゴゴ……ッ!
今度は、より複雑で、切迫した音色です。
上人が震えながら叫びました(小声で)。
「聞かれよ! 音程が変わった! これは『変革』の兆し! 世界が、激しくうねりを上げて変わろうとしている啓示じゃ!」
アルベルト王子が分析します。
「(いや、あの周波数は、金属がねじ切れる音だ。配管か? ボイラーか!? 爆発するぞ!)」
フリードリヒ王子(護衛として部屋の隅にいた)が剣を抜こうとしました。
「(曲者か!? 姿は見えぬが、殺気立った唸り声だ!)」
現場は大混乱です。予言か、事故か、敵襲か。
しかし、そのすべての正体は、単なる「空腹」でした。
シャルロッテは、必死にモフモフのお腹をさすり、無言で「我慢して!」と念じましたが、モフモフの野生の本能は、空気など読みません。
そして、ついに運命の瞬間が訪れました。
沈黙草のつぼみが、パッと開いたのです。
その瞬間、モフモフの限界も訪れました。
ギュルルルルルルルルルルル――ッ!!
プゥ。
盛大な腹の虫の合唱の最後に、気の抜けたような小さな「ガス」の音までオマケにつきました。
部屋中が、凍りつきました。
上人は、あんぐりと口を開け、国王は椅子から転げ落ちそうになり、アルベルト王子は眼鏡を落としました。
静寂の中、シャルロッテは観念して、手を挙げました。
「……あのね、上人様。今の予言、私が翻訳してもいい?」
「ほ、翻訳とな!? して、神はなんと言っておられる!?」
上人が身を乗り出しました。
シャルロッテは、モフモフを抱き上げ、ニッコリと(しかし冷や汗まじりに)言いました。
「えっとね、神様はおなかがすいているみたい……『花より団子』……だって!」
その日、王城の歴史書には、「沈黙草の開花に伴い、謎の雷鳴が轟いたが、その真偽は定かではない」と記されました。
儀式の後、モフモフには特大の骨付き肉が与えられ、その咀嚼音こそが、この世で一番正直で、平和な音だと証明されたのでした。
めだたしめでたし。




