第四十六話「王妃の秘密の夜会と、銀のベールの優雅な嘘」
その夜、エルデンベルク王城の舞踏の間では、月一回の王族主催の夜会が開かれていた。貴族たちは華やかなドレスを纏い、社交の場を楽しんでいる。
エレオノーラ王妃は、深紅の優雅なドレスに身を包み、優雅な笑顔で挨拶を交わしていた。しかし、彼女の銀色の瞳の奥には、どこか退屈と、そして微かな「別の場所へ行きたい」という切望が隠されていた。
シャルロッテは、その夜会に少しだけ参加した後、自分の居室に戻っていた。彼女は、母の瞳に潜む、社交の仮面の裏にある、もう一つの感情の波長を感知していた。
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真夜中、王妃は密かにドレスを脱ぎ、地味な灰色のケープを羽織った。彼女は、王妃としての威厳を捨て、ごく普通の女性として、城下町の薄暗い裏通りにある、古びた劇場へと向かうのが、月に一度の「秘密の夜会」だった。
その劇場では、王族や貴族が見下しがちな、感情豊かで泥臭い、人形劇が演じられていた。王妃は、この素朴で飾らない人々の情熱と、人形たちが持つ剥き出しの感情に、心を洗われるのを感じていた。
王妃は、その人形劇の衣装の粗雑さ、感情表現の過剰さに、王宮の完璧な優雅さとは違う、「生」の尊厳を見出していた。
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劇場で公演が始まった頃、シャルロッテが、モフモフを抱いて、静かに王妃の隣に座った。
「ママ、やっぱりここにいたんだね」
王妃は、驚きに目を見開いた。
「シャル! どうしてわかったの?」
「だって、ママの銀色の魔力が、城下町のこっちの方角に、『ワクワクした』って言って跳ねていたんだもん!」
シャルロッテは、王妃の秘密の趣味を、一切否定しなかった。
「このお人形さんたち、とっても可愛いね! 感情が、ぎゅーって詰まってるよ!」
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王妃は、自分の秘密の楽しみを娘に理解され、恥ずかしさよりも、深い愛情を感じた。
「そうよ、シャル。この人形たちは、王宮の完璧なマナーや、優雅な嘘がないでしょう? 彼らの感情は、いつでも剥き出しなの。私は、その剥き出しの情熱に、心を揺さぶられるのよ」
王妃は、そこでふと、人形劇の主役の人形を見て、悲しそうな顔をした。その人形の衣装は、長年の使用で、くたびれてしまっていた。
「あの衣装が、もう少し、優雅で、夢のあるものだったら……」
その瞬間、シャルロッテは、立ち上がった。
彼女は、劇場全体に、ごく微細な変化魔法を施した。それは、人形の衣装を、豪華なベルベットやシルクに変える魔法ではない。
シャルロッテの虹色の魔力は、くたびれた人形の衣装に、「王妃が着るような、上品で優雅な銀色の光」をまとわせた。それは、まるで人形の「情熱」という真実を、「銀のベール」という優雅な嘘で包み込み、昇華させたようだった。
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人形が舞台上で動くたび、衣装は月光のように優雅にきらめいた。その幻想的な光景に、劇場の観客は息を飲んだ。
王妃は、娘の才能と優しさに、心から感動した。
「ありがとう、シャル。あなたは、私の秘密を、最高に優雅な形で肯定してくれたわ」
シャルロッテは、母の腕の中に抱き着き、にっこり微笑んだ。
「だって、ママのワクワクした気持ちが、一番可愛かったんだもん!」
王妃は、社交の場では決して見せない、心からの安堵の笑顔を浮かべた。娘の愛によって、王妃としての重圧と、一人の女性としての情熱が、美しく調和した夜となったのだった。