第四百六十二話「巨大なカボチャと、姫殿下の『世界を持ち上げる長い棒』」
その日の午後、王城の菜園は、収穫の喜びに沸いていた。
特に注目を集めていたのは、庭師のハンスが丹精込めて育て上げた、大人の背丈ほどもある巨大な「お化けカボチャ」だった。その重量は、屈強な騎士が三人掛かりでもびくともしないほどで、どうやって運搬するかが議論になっていた。
騎士団長のフリードリヒ王子が、腕まくりをして名のりを上げた。
「ふん、任せておけ! 筋肉と気合があれば、岩だって動かせる!」
しかし、シャルロッテは、モフモフを抱き、じっとそのカボチャを見つめていた。彼女の頭の中には、前世で聞いたある古代の賢者の言葉が響いていた。
――私に支点を与えよ。そうすれば地球をも動かしてみせよう。
「ねえ、フリードリヒ兄様。力持ちなのはかっこいいけど、もっと『賢い力』を使ってみない?」
シャルロッテは、物理法則という、この世界に隠された透明な魔法を使いたくてうずうずしていた。
彼女は、ハンスに頼んで、極めて長く、丈夫な一本の木材を用意させた。
そして、土属性魔法を使い、カボチャのすぐそばの地面を隆起させ、硬くて尖った「支点」を作り出した。
シャルロッテは、長い木材をその支点に乗せ、短い方をカボチャの下に差し込んだ。長い方は、空に向かって高く突き出している。
それは、巨大で非対称なシーソーのようだった。
「シャル? 何をするつもりだ? そんな細い板で、この怪物を持ち上げる気か?」
フリードリヒは懐疑的だ。
シャルロッテは、長い板の端っこ――支点から最も遠い場所――に、ちょこんと立った。
彼女の体重は、カボチャの百分の一もないだろう。
「見ててね。これが『幾何学の魔法』だよ!」
シャルロッテは、モフモフを頭に乗せ、その小さな体重を、板の端にゆっくりと預けた。
さらに、重力魔法をごくわずかに応用し、自分のベクトルを垂直下向きに整えた。
ギギギ……。
信じがたい音が響いた。
フリードリヒがどれだけ押しても動かなかった巨大カボチャが、シャルロッテが軽く踏み込んだだけで、ふわりと宙に浮き上がったのだ。
「な、なんだと!? シャルの体重が増えたのか!?」
「失礼な! 違うよ、兄様。これは『距離』が『力』に変わったんだよ!」
シャルロッテは、シーソーの端で足をぶらぶらさせながら、宙に浮いたカボチャとバランスを取っていた。
小さな少女が、巨大な質量と対等に渡り合っている。その光景は、物理法則の美しさをまざまざと見せつけるものだった。
騒ぎを聞きつけたマリアンネ王女がやってきた。彼女は一目で状況を理解し、興奮して叫んだ。
「素晴らしいわ、シャル! 支点からの距離の比率が、力のモーメントを増幅させているのね! これぞ、宇宙を支配する『てこの原理』だわ!」
シャルロッテは、さらに実験をエスカレートさせた。
「ねえ、フリードリヒ兄様。カボチャの上に乗ってみて!」
「俺がか!? 潰れるぞ!」
「大丈夫! 計算通りだもん!」
半信半疑のフリードリヒが、恐る恐る浮いたカボチャの上に乗った。鎧の重量も加わり、相当な重さだ。
しかし、シャルロッテは、板のさらに端っこへ、ほんの数センチ移動しただけで、その増加した重量を軽々と支えてみせた。
「うわあ! 俺が、シャルに持ち上げられている!?」
最強の騎士が、妹の小さな足先ひとつで空中に保持されている。
フリードリヒは、剣や筋肉とは全く異なる、「知恵」という名の力の巨大さに、畏敬の念すら抱いた。
「シャル。これは……魔法よりも魔法だ。世界は、こんなにもシンプルな計算式で動いているのか」
シャルロッテは、高い位置から庭園を見渡し、風を感じた。
「うん! 長い棒と、固い石があればね、私だって、お城だって持ち上げられるんだよ。世界はね、天秤みたいに、バランスでできているの!」
その後、この巨大なシーソーは、庭園のアトラクションとなった。
エマやオスカー、さらにはルードヴィヒ国王までが、「小さな力で大きなものを動かす」という快感を体験するために列を作った。
国王は、シャルロッテに持ち上げられながら、「余の体重が、愛娘の小指一本で支えられているとは、なんと愉快な無力感だ!」と高笑いした。
夕暮れ時、実験を終えたシャルロッテは、心地よい疲労感の中で、ハンスに言った。
「ハンスさん。カボチャを運ぶときはね、力持ちを呼ぶのもいいけど、長い棒を探すのも、楽しい冒険だよ」
その日の王城は、目に見えない「数式」と「幾何学」が、実はとても力強くて、遊び心に満ちていることを知った。
シャルロッテにとって、物理法則とは、堅苦しい勉強ではなく、世界と遊ぶための最高のルールブックだったのだ。




