第四百五十三話「三つの小さな隠れ家と、姫殿下の『オオカミさんお断り(でもない)』」
ある風の強い秋の午後、シャルロッテは森の入り口で、大量の落ち葉と枯れ草の山を見つめていた。
彼女の頭の中には、前世で読んだ『三匹の子豚』の物語が浮かんでいた。
「ねえ、モフモフ。あの物語の子豚さんたちは、オオカミさんが怖くて、頑丈なお家を作ったよね。でもね、藁のお家も、木のお家も、本当はとっても素敵だったと思うの」
シャルロッテは、防衛のための建築ではなく、「三種類の異なる心地よさ」を味わうための、秘密基地作りを思いついた。
彼女はまず、風属性魔法を指先に集めた。
彼女は、乾燥した藁と落ち葉を、つむじ風のように優しく巻き上げ、空気のクッションを含ませながら編み込んでいった。
出来上がったのは、黄金色に輝く「藁のドーム」だった。
それは、風が吹くたびにカサカサと心地よい音を立て、全体がゆりかごのように揺れる。防御力は皆無だが、最高の「お昼寝ハウス」だ。
「次は、木の枝だね!」
シャルロッテは、土属性魔法を応用し、森に落ちている枝を拾い集め、生きた木に寄り添うように組み合わせた。
出来上がったのは、隙間だらけの「木のテント」だった。
隙間からは、秋の木漏れ日がレース模様のように差し込み、木の香りが充満している。ここは、最高の「読書ハウス」だ。
「最後は、石!」
彼女は、河原の丸い石を積み上げ、光属性の熱で少しだけ接着した。
出来上がったのは、ひんやりとした「石の洞窟」だった。
中は静寂に包まれ、小さな声を出すだけで、美しい反響音が返ってくる。ここは、最高の「歌うハウス」だ。
三つの小さな家が並んだ時、森の奥からガサガサと音がした。
現れたのは、オオカミ――ではなく、狩猟帰りの第二王子フリードリヒだった。彼は弓を背負い、少し疲れた顔をしていた。
「おや、シャル。こんなところで何をしているんだ? ……ふむ、これは簡易陣地か?」
シャルロッテは、いたずらっぽく笑った。
「違うよ、フリードリヒ兄様。これはね、オオカミさんを待っているの!」
「オオカミ? 俺が退治してやろうか?」
「ううん。兄様がオオカミさん役をやって! そしてね、『吹き飛ばしてやるぞー!』って言いながら、お家に入ってきて!」
フリードリヒは、妹の奇妙なリクエストに首を傾げたが、可愛い妹の願いを断れるはずもない。彼は大袈裟に咳払いをし、怖い顔を作った。
「ガオーッ! 俺は腹ペコのオオカミだぞ! こんな藁の家、一息で吹き飛ばしてやる!」
フリードリヒは、藁のドームに向かって息を吹きかけようとした。
しかし、ドームの中に入った瞬間、彼は言葉を失った。
藁は、彼の体の重みを受け止め、ふわふわと沈み込んだ。風が通り抜けるたびに、心地よい揺れが彼を包む。
「……なんだこれは。吹き飛ばすどころか、ここから出たくないぞ。まるで極上の羽毛布団だ」
最強の騎士である兄は、藁の誘惑に負け、武装解除して寝転がってしまった。
「次は、木のお家だよ、オオカミさん!」
シャルロッテに促され、フリードリヒは木のテントへ移動した。
「今度こそ!」と意気込んだが、中に入ると、木漏れ日の美しさと、木の香りのアロマ効果に、一瞬で戦意を喪失した。
「……落ち着くな。ここは、戦場の疲れを癒すには最適だ」
最後に、石の洞窟。
フリードリヒは、「これなら頑丈そうだ」と中に入った。
すると、彼の足音と、鎧の触れ合う音が、洞窟内で美しく反響し、まるで音楽のように響いた。
「おお……俺の声が、すごく良い声に聞こえるぞ。ここで軍歌を歌えば、士気が上がりそうだ」
結局、オオカミ役のフリードリヒは、どの家も吹き飛ばすことはなかった。
彼は、三つの家を順番に回り、それぞれの「心地よさ」を堪能することに忙しかったからだ。
夕暮れ時、アルベルト王子が二人を探しに来た時、彼が見たのは奇妙な光景だった。
藁の家でシャルロッテが眠り、木の家でモフモフがくつろぎ、石の家でフリードリヒが気持ちよさそうに鼻歌を歌っていたのだ。
「……やれやれ。これでは、どんな恐ろしいオオカミも、骨抜きにされてしまうな」
アルベルトは苦笑し、自分も藁の家の端っこに腰を下ろした。
頑丈さや効率だけが、家の価値ではない。
その日の森は、「それぞれの素材が持つ、固有の愛らしさ」を証明する、静かで平和な展示場となったのだった。




