第四十五話「図書館の静寂と、金の瞳の『秘密の読み聞かせ』」
王城の図書館は、その膨大な蔵書と、静寂によって、王族にとって最も知的な安息の場所であった。午後の光が、大きな窓から差し込み、古書の背表紙を優しく照らしている。
シャルロッテは、今日のために母が選んでくれた、深紅のベルベットの小さなケープを羽織り、図書館の片隅にある読書コーナーで、絵本を広げていた。しかし、彼女の小さな目は、時折、大きな書架の向こう側にいる二人の兄の姿を追っていた。
第一王子アルベルトは、分厚い政務の書物を読み、その端正な横顔は真剣そのものだ。第二王子フリードリヒは、武術の古書を手に、時折、剣術の型を無意識に取るかのように、背筋を伸ばしていた。
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シャルロッテは、読みかけの絵本を閉じた。彼女の絵本は、「可愛いもの」に満ちているが、兄たちの読んでいる本は、この国の未来や、命のやり取りに関わる、重い知識ばかりだ。
「兄様たちも、もっと可愛い本を読めばいいのに……」
シャルロッテは、そっと席を立ち、小さな足音を立てないように、書架の間を縫って、アルベルトの読書するテーブルに近づいた。
「アルベルト兄様」
アルベルトは、妹の囁きに気づき、静かに顔を上げた。その青い瞳は、疲労の色を隠していたが、妹を見た途端、温かい光を宿した。
「シャル。どうした? ここは静かにする場所だぞ」
「うん。でもね、兄様のお顔、ちょっと難しい顔すぎるよ。だから、わたしが秘密の読み聞かせをしてあげる」
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シャルロッテは、兄の隣に寄り添い、アルベルトの読んでいる、いかにも難解そうな『国家財政論』の分厚い本を、そっと指さした。
「この本はね、本当は『小さなゴールデンたちが、みんなを幸せにするために、旅に出るお話』なんだよ。このページに書いてある数字はね、ゴールデンたちのキラキラした笑顔の数だよ!」
シャルロッテは、そう言うと、アルベルトの腕にそっと頭を乗せた。そして、光属性魔法を応用し、アルベルトの目の前の書物の文字に、ごく微細な虹色の光をまとわせた。
アルベルトは、妹の頭の温もりと、書物に宿った光を見て、彼の頭の中で、複雑な財政の数字が、本当に、「民の笑顔」という優しい物語へと変換されていくのを感じた。
「ああ、そうか……。そうだったな、シャル。この数字は、冷たい計算ではない。愛の証だ」
彼は、妹の無邪気な優しさによって、公務の重圧から解放され、仕事の真の意味を再認識した。
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その光景を、フリードリヒが書架の陰から見ていた。彼は、妹の愛の深さに、胸を熱くした。
フリードリヒは、シャルロッテに近づき、そっとアルベルトの隣に座った。彼は、乱暴に本を閉じることなく、丁寧に武術の古書を閉じた。
「シャル。俺の武術の古書はね、『俺が、シャルと母上を守るための、優しいおまじないの言葉』が書いてあるんだ。力じゃない。愛の言葉だ」
フリードリヒは、そう言うと、シャルロッテの深紅のケープに、そっとキスをした。
「俺の強さは、お前の笑顔のためにある。それ以上でも、以下でもない」
兄たちの優しい眼差しと、その格調高い言葉の裏に隠された、熱い愛情に包まれ、シャルロッテは心から満たされた。
「兄様たち……二人とも、本当にかっこよくて、可愛い……大好き!」
図書館の静寂は、愛と優雅な感情の機微で満たされ、この上なく温かい空間となった。