第四百五十二話「庭園の竹筒と、姫殿下の『星屑のパスタ流し』」
夏の日差しが眩しい午後、王城の庭園には、奇妙な建造物が出現していた。
それは、裏山から切り出した青竹(極東から来たキャラバンから入手したものだ)を半分に割り、長く長く繋ぎ合わせた、巨大なウォータースライダーのような装置だった。竹のコースは、庭園の小高い丘から始まり、木々の間を縫って、緩やかな曲線を描きながら、テラスの近くまで続いている。
これは、シャルロッテが前世の記憶――日本の夏の風物詩――を頼りに、庭師のハンスと協力して作り上げた、究極の涼感システムだった。
「名付けて、『星屑のパスタ流し』だよ!」
シャルロッテは、丘の上流で、得意げに宣言した。
彼女の隣には、冷たい湧き水が入った大きな桶と、茹でたての極細パスタ「カペッリーニ」、そして一口サイズのトマトや桃、キラキラ光る氷の粒が用意されている。
下流のテラスには、招待された王族たちが、フォークと器を持って待機していた。
「……シャルよ。これは、食事なのか? それとも狩りなのか?」
第二王子フリードリヒが、真剣な目で竹筒を睨みつけている。彼にとって、動く標的を捕らえることは、すべて訓練の一環なのだ。
「流体力学的に見れば、麺の速度は傾斜角と水量に比例するわね。捕獲のタイミングは計算可能よ」
マリアンネ王女は、竹の角度を目測し、最適なフォークの角度をシミュレーションしている。
「優雅に食べるには、難易度が高そうですわね……でも、涼やかで素敵だわ」
イザベラ王女は、水しぶきがかからないよう、少し離れた位置で優雅に構えていた。
「いくよー! お水、スタート!」
シャルロッテが合図をすると、ハンスがポンプを回し、竹筒に清らかな水が流れ始めた。さらさらと心地よい水音が、庭園に響き渡る。
シャルロッテは、そこにパスタを一掴み、そっと放流した。
「いけっ! 天使の髪の毛!」
白いパスタは、水流に乗って、驚くほどの速さで滑り落ちていく。
太陽の光を反射してキラキラと輝くその姿は、まさに「星屑の川」だった。
「来たぞ!」
フリードリヒが動体視力を全開にしてフォークを突き出す。
バシャッ!
しかし、勢い余って水面を叩いただけで、パスタは彼のフォークをすり抜けていった。
「速い! まるで生き物だ!」
次に待ち構えていたのはアルベルト王子だ。彼は冷静にコースを読み、静かにフォークを差し入れた。
パスタがフォークに絡みつく。
「捕獲成功だ。……ふむ、冷たい水で締められた麺は、驚くほどコシがあって美味だ」
アルベルトは、特製の冷たいトマトソースにつけて食べ、満足げに頷いた。
シャルロッテは、上流で次々と「サプライズ」を流し始めた。
「次は、赤い宝石だよ!」
転がってきたのは、真っ赤なプチトマトだ。
コロコロと不規則に転がるトマトは、パスタよりも捕獲が難しい。
「きゃっ、可愛い!」
イザベラ王女が、楽しそうに笑いながら、見事にトマトをキャッチした。冷えたトマトは、口の中で甘く弾けた。
「次は、桃のボート!」
皮をむいた桃の欠片が、どんぶらこと流れていく。
マリアンネ王女が計算通りにキャッチする。
「あら、モフモフのおやつも流れてきたわよ」
最後に流れてきたのは、防水加工された小さな木皿に乗った、モフモフ用のジャーキーだった。
下流で待っていたモフモフは、器用に前足で木皿を止め、パクリと食べた。
「ミィ!(おいちい!)」
庭園は、大人たちの歓声と笑い声に包まれた。
厳格な食事作法も、王族の威厳も、流れる水の前では意味をなさない。ただ、目の前を通り過ぎる「美味しいもの」を、必死になって追いかけるという、原始的で純粋な遊びの時間がそこにあった。
ルードヴィヒ国王も、袖をまくり上げて参戦した。
「ぬおっ、逃げられた! 待て、私の麺!」
シャルロッテは、上流からその様子を見て、お腹を抱えて笑った。
王様も王子様も、みんな必死な顔をして、竹筒を覗き込んでいる。その姿は、どんな舞踏会よりも生き生きとしていて、可愛らしかった。
一通り食べ終わると、みんなで竹筒の周りに座り込み、冷たい桃のデザートを食べた。
足元を流れる水の音が、夏の暑さを忘れさせてくれる。
「シャル。これは素晴らしい発明だ。食事をこれほどエキサイティングな冒険に変えるとは」
フリードリヒが、濡れた顔を拭きながら言った。
「うふふ。美味しくて、涼しくて、楽しいのが一番だよね!」
特別な教訓も、感動的な解決もなかったけれど、その日の午後は、「みんなで同じ竹筒を囲んで、流れてくるものを笑いながら食べる」という、最高に贅沢なお昼のひとときとなったのだった。




