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【TS幼女転生王族スローライフ】姫殿下(三女)は今日も幸せ♪ ~ふわふわドレスと優しい家族に囲まれて★~  作者: 霧崎薫


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第四百四十四話「鉄の将軍と、姫殿下の『一番欲しいもの』」

 その日の午後、エルデンベルク王国の練兵場は、足音一つ立てるのも憚られるような、鋼鉄の緊張感に包まれていた。

 隣国との国境警備を統括する、歴戦の猛者、鉄壁のジークフリート将軍が、年に一度の視察に訪れていたからだ。


 ジークフリート将軍は、全身を黒鉄の鎧で固め、顔には幾多の戦場をくぐり抜けた古傷が刻まれている。彼の背後には、アルベルト王子とフリードリヒ王子が、緊張した面持ちで従っていた。


「殿下。軍備は万全ですかな。平和とは、圧倒的な力によってのみ維持されるのです」


 将軍の低い声が響くたび、整列した兵士たちは直立不動の姿勢を正した。空気は張り詰め、鳥のさえずりさえも遠慮しているようだった。


 将軍は、練兵場の真ん中を大股で歩き、その威圧感で空間を支配していた。彼が通る場所には、影が落ち、誰もが息を潜めた。


 しかし、練兵場の端、日当たりの良い芝生の上に、その支配に関心を持たない、小さな白い塊があった。


 それはシャルロッテだった。


 彼女は、豪奢なドレスではなく、動きやすい木綿のワンピースを着て、モフモフを枕代わりにし、大の字になって寝転がっていた。


 フリードリヒ王子が、慌てて駆け寄ろうとした。


「し、シャル! こんなところで寝ていては、将軍に失礼だぞ!」


 しかし、ジークフリート将軍は、それを手で制し、重い足音を響かせてシャルロッテの枕元に立った。彼の巨大な影が、シャルロッテをすっぽりと覆った。


 シャルロッテは、影が落ちたことに気づき、片目だけを開けて、下から将軍を見上げた。


 彼女の目には、恐怖も、敬意も、好奇心さえもなかった。ただ、「眩しくなくなったなあ」という、ぼんやりとした感想だけがあった。


 将軍は、小さな姫を見下ろし、厳かに口を開いた。


「姫殿下。私は、この国の剣であり、盾であります。私のひと声で、千の騎馬が動き、万の矢が空を覆います」


 彼は、自分の力と、王族への忠誠を誇示したかったのだ。そして、王族として何か望みがあれば、その力で叶えてみせようという自負があった。


「さあ、姫殿下。何か望むものはありますか? 西の珍しい宝石か、東の幻の織物か。あるいは、大陸一の速さを誇る馬か。私が命じれば、世界中のあらゆる富と力を、今すぐにここへ持ってこさせましょう」


 周囲の兵士たちは固唾を呑んだ。将軍の申し出は、絶対的な権力の証明だ。

 アルベルト王子も、妹が何を言うか、冷や冷やしながら見守っていた。


 シャルロッテは、あくびを噛み殺し、モフモフの背中を撫でながら、のんびりと答えた。


「うーん……。将軍のおじ様、とっても強そうだね」


「いかにも。わたくしは最強です」


「じゃあね、一つだけお願いがあるの」


「何なりと」


 シャルロッテは、小さな指先で、将軍の立っている場所をちょんちょんと指した。


「そこを、一歩だけ横にどいてくれる?」


「……は?」


 鉄壁の将軍は、生まれて初めて、間抜けな声を上げた。


「どいて、とは……?」


「だって、おじ様がそこに立つと、ポカポカのお日様が隠れちゃうんだもん。わたしが今一番欲しいのは、宝石でも兵隊さんでもなくて、さっきまでそこにあった『お日様の光』だけなの」


 練兵場に、完全な沈黙が落ちた。

 王国の英雄に対し、「邪魔だからどいて」と言い放ったのだ。


 フリードリヒ王子は、剣の柄に手をかけた。将軍が怒り出すと思ったからだ。


 しかし、ジークフリート将軍は、動かなかった。

 彼は、兜の下で目を見開いていた。

 彼は、世界中の富や権力を提示した。しかし、目の前の幼い少女は、それら全てよりも、「ただの日差し」に価値を置いたのだ。

 それは、彼が必死に守ろうとしている「平和」の、究極の形だった。何も持たず、何も欲さず、ただ太陽の下で微睡むこと。それ以上の幸福が、この世にあるだろうか?


「……クックックッ」


 将軍の肩が震えた。そして、彼は、豪快に笑い声を上げた。


「ワーッハッハッハ! これは一本取られました! 太陽! そうですか、太陽ですか!」


 将軍は、重厚な鎧を鳴らして、大袈裟に二歩、横にずれた。

 再び、シャルロッテとモフモフの上に、暖かな午後の陽光が降り注いだ。


「わあ、ありがとう! おじ様、優しいね!」


 シャルロッテは、満足そうに目を細め、再びモフモフの毛皮に顔を埋めた。


 将軍は、その平和な寝顔を見つめ、アルベルト王子とフリードリヒ王子に向き直った。その顔からは、険しい鬼の形相が消え、憑き物が落ちたような穏やかさがあった。


「殿下。私は、国を守るために剣を振るってきました。しかし、真に守るべきは、威厳や領土ではなく、あのような『何も欲しがらない午後の時間』なのかもしれませんな」


 将軍は、兜を脱ぎ、小脇に抱えた。


「もし私が将軍でなかったら、私もあそこで、一緒に昼寝をしたかったものです」


 その日の練兵場では、それ以降、号令は飛ばなかった。

 兵士たちも、王子たちも、そして将軍さえも、ただ静かに、シャルロッテとモフモフが日差しを浴びて眠る様子を、この国で一番大切な宝物を見るような目で見守っていた。


 シャルロッテの純粋な欲望は、最強の武力を、「日陰を作らないための配慮」という、優しい役割に変えてしまったのだった。

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