表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【TS幼女転生王族スローライフ】姫殿下(三女)は今日も幸せ♪ ~ふわふわドレスと優しい家族に囲まれて★~  作者: 霧崎薫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

440/515

第四百四十三話「厨房の錬金術と、姫殿下の『スープの中の小宇宙』」

 その日の午後、王城の第二厨房は、食材の香りと共に、怪しげな蒸気と薬草の匂いに満ちていた。


 そこには、王立アカデミーから招かれた、偏屈だが天才的な薬膳師、アウレオルス老人が陣取っていた。彼は、ただのスープを作るために、天体の運行図を壁に貼り、鍋を前にブツブツと呟いていた。


「いいか、見るのだ。この鍋はただの調理器具ではない。これは『世界』そのものだ。我々は今から、この小さな鍋の中に、宇宙の真理を再現するのだ」


 アウレオルスは、人参一本を切るのにも、星の位置を確認するような男だった。厨房のコックたちは、彼の大袈裟な儀式に困惑し、手を出せずにいた。


 そこに、シャルロッテがモフモフを抱いてやってきた。彼女は、鍋から立ち上る複雑な湯気の形に、興味を惹かれたのだ。


「ねえ、アウレオルスおじいさん。お料理をしているの? それとも、魔法の実験?」


 アウレオルスは、姫殿下を見下ろし、厳かに言った。


「おお、これは姫様。料理とは、すなわち錬金術であります。卑金属を黄金に変えるように、我々は泥のついた根菜を、生命の黄金の水(エリクサー)へと変成させるのです」


 シャルロッテは、その考え方が気に入った。


「わあ! じゃあ、この人参さんは、金塊になるの?」

「精神的な意味では、その通りです。さあ、姫様。ぜひ貴女の魔力で、この『三つの原理』を統合する手伝いをしてください」


 アウレオルスは、錬金術の三原質論を、料理に応用し始めた。


「まず、『塩』。これは肉体であり、大地そのものです」


 彼は、角切りにした根菜類と、文字通りの岩塩を指さした。これらは燃えず、形を残す、固定された要素だ。


「次に、『硫黄』。これは魂であり、燃え上がる情熱です」


 彼は、オリーブオイルと、刺激的なスパイス、そして炒める時の「火」を指さした。これらは変容を促し、香りを放つ。


「最後に、『水銀』。これは精神であり、全てを繋ぐ流動的な媒介者です」


 彼は、清らかな湧き水と、そこから立ち上る蒸気を指さした。


 シャルロッテは、鍋の前に立った。

 彼女の目には、食材たちが単なる食べ物ではなく、それぞれが異なる属性を持った「小さな星々」に見えていた。


「わかったよ。大地(野菜)と、炎(油)と、スープを、仲良しにするんだね!」


 アウレオルスが野菜を油で炒め始めると、シャルロッテはそこに、風属性と火属性の魔法をごく微細に干渉させた。


 彼女は、野菜の水分が蒸発し、旨味が凝縮されるプロセスを、魔力で感じ取っていた。


「今だよ、おじいさん! お野菜の魂が、『熱いよ!』って叫んで、美味しい匂いになって飛び出してきたよ!」


「その通り! 今こそ『水銀(水)』を投入し、魂を固定するのです!」


 水が注がれると、ジュワッという音と共に、厨房内に白い霧が立ち込めた。


 シャルロッテは、その霧の中で、鍋の中身が「混沌カオス」から「秩序コスモス」へと変わっていくのを見た。バラバラだった野菜と水と油が、一つの「スープ」という新しい生命体へと生まれ変わろうとしている。


 最後に、味付けの段階になった。アウレオルスは、一摘みの強力な薬草の粉末を取り出した。それは、そのまま食べれば舌が痺れるほどの強い成分を持っていた。


「姫様。これは毒にもなります。しかし、錬金術の奥義はここにある。『毒と薬を分かつのは、ただ用量のみ』。適切な量を与えれば、毒は生命を活性化させるスパイスとなるのです」


 シャルロッテは、慎重にその粉末を受け取った。

 彼女は、光属性魔法を指先に集め、粉末の粒子一つ一つに問いかけた。


「ねえ、薬草さん。いじわるな毒じゃなくて、元気になる薬になってね」


 彼女は、ほんの少し、爪の先ほどの量を鍋に落とした。

 その瞬間、鍋の中のスープが、黄金色に輝き出した。物理的な光ではなく、完璧な調和が生まれたことによる、魔力的な発光だった。

 毒草の刺激が、野菜の甘みを極限まで引き立て、スープ全体に一本の筋を通したのだ。


「完成だ……。これぞ、賢者の石ならぬ、賢者のスープ!」


 アウレオルスは震える手で皿にスープを注いだ。

 シャルロッテとアウレオルスは、向かい合ってそのスープを一口飲んだ。


 味は、強烈だった。

 大地の重み、火の激しさ、水の優しさ。それらが完璧なバランスで融合し、体の中を熱いエネルギーが駆け巡った。

 それは単に「美味しい」というだけでなく、「生きている」という感覚を呼び覚ます味だった。


「すごい……。お腹の中に、太陽が入ったみたい」


 シャルロッテは、お腹をさすりながら言った。

 アウレオルスは満足げに頷いた。


「左様。人間とは小宇宙(ミクロコスモス)。このスープという大宇宙(マクロコスモス)の恵みを取り込むことで、我々の内なる宇宙は、外なる宇宙と共鳴するのです」


「うん! よくわかんないけど、つまり、ご飯を食べるってことは、お星さまを食べてるのとおんなじってことだね!」


「……まあ、詩的に言えば、その通りです」


 その日の午後、厨房で作られたのは、誰かを救うための薬でも、問題を解決するための策でもなかった。

 ただ、「食材と炎と水が融合して、黄金の液体になる」という、日常に潜む神秘的な変容の儀式が行われただけだった。


 シャルロッテは、空になった皿を見つめ、自分の体が世界の一部であることを、温かいお腹を通じて感じていた。

 彼女にとって、この世界はすべて、混ぜ合わせれば黄金になる、愛しい材料でできていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ