第四十四話「庭園の秘密と、五月の花の優雅な約束」
柔らかな陽光が、エルデンベルク王城の広大な庭園に降り注ぎ、空気は甘い薔薇の香りに満ちていた。この季節は、王族にとって最も優雅で、心穏やかな時である。
シャルロッテは、今日のために仕立てられた、菫色のシルクドレスを纏い、エレオノーラ王妃と共に、庭園の奥深くにある秘密のエリアを訪れていた。
「シャル、この場所は、歴代の王妃と娘しか知らない、特別な場所なのよ」
王妃が指差した先には、一般公開されている薔薇園とは別に、ごく限られた種類の、白く繊細な花だけが植えられた円形の空間があった。その花は、この地方にしか咲かない「月光の吐息」という名で、日中の光の下でも、まるで月の光を宿したかのように、儚くきらめいていた。
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王妃は、娘の銀色の髪をそっと撫でた。
「この花は、とても繊細で、強い風や、粗野な魔力には耐えられないわ。だから、歴代の王妃は、心を込めて、ごく弱い、慈愛の魔力だけでこの花を育ててきたの」
シャルロッテは、月光の吐息の前に膝をつき、その白い花びらにそっと触れた。その花は、彼女の魔法文明と農業文明が融合したこの世界において、「力ではなく、優しさでしか守れないもの」の象徴のように見えた。
「まあ、なんて愛らしいの……。そっと触れるだけで、心が震えるわ」
王妃は、娘に優しく微笑んだ。
「シャル。王女としてのあなたは、多くの人々から愛される。しかし、時には、その愛が強すぎて、あなたの繊細な心や、周りの儚いものを傷つけてしまうこともある。月光の吐息は、それを教えてくれるの」
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その時、公務を終えたアルベルト王子と、訓練を終えたフリードリヒ王子が、偶然その秘密のエリアを通りかかった。彼らは、母と妹の優雅な語らいを邪魔しないよう、少し離れた木陰から、その光景を静かに見つめていた。
アルベルトは、妹が花に触れる姿を見て、静かに感銘を受けた。
「シャルの魔力は最強だが、彼女が触れるものは、常に優しさに満ちている。それが、彼女の真の力だ」
フリードリヒは、妹の菫色のドレス姿の愛らしさに胸をときめかせながらも、その花が持つ「儚さ」を守りたいという衝動に駆られた。
「俺の強さは、この儚い花を、どんな強風からも守るためにあるんだ」
二人の兄は、離れた場所から、妹の優雅な姿と、花への深い愛情に、無言の誓いを立てた。
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王妃は、娘に、この花を守るための「優雅な約束」を求めた。
「シャル。あなたの虹色の魔力は、この花には強すぎる。だから、あなたがこの花に魔法を使うときは、『心を、羽毛のように軽く』して。そして、『優しさを、最も大切に思う人のためだけに』使いなさい」
シャルロッテは、その厳かで優雅な約束に、瞳を輝かせた。
「はい、ママ。わたし、月光の吐息を、世界一優しい魔法で守ってあげる!」
彼女は、そっと月光の吐息の株に、ごく微細な、誰も気づかないほどの光属性の治癒魔法をかけた。それは、花の魔力的な疲労をそっと癒やす、優雅な愛の魔法だった。
月光の吐息の花は、一瞬、より強くきらめいた。
エレオノーラ王妃は、娘の才能と、その優しさに満ちた魔力に、心からの誇りを感じた。五月の庭園は、王族の優雅な愛情と、儚い花の美しさに満たされ、静かに、そして深く輝いていた。