第四百三十一話「強情な雨雲と、王女の『くすぐったい魔法』」
ある晴れた日の午後のこと。王城の庭園の上空に、ひとつの大きな、真っ黒な雨雲が居座っていました。
その雨雲は、パンパンに膨れ上がり、今にも泣き出しそうでしたが、意地っ張りなことに、一滴の雨も降らせようとはしませんでした。彼は「俺は誰にも邪魔されず、ここで威張っていたいのだ」と、太陽を隠し、庭園の花々を日陰に震えさせていました。
そこへ、北から強い風がやってきました。風は、雨雲を邪魔者扱いし、乱暴に吹き飛ばそうとしました。
「おい、どけ! お前がいると、花たちが光を浴びられないではないか!」
ビュービューと風が吹けば吹くほど、雨雲は「ふん、絶対に動くものか」と、さらに体を固くし、重く、黒くなって、その場に踏ん張りました。これはまるで、古い寓話にある「北風と太陽」のようないがみ合いでした。
庭園のベンチで、シャルロッテはモフモフを抱き、空を見上げていました。
彼女の目には、空の上の喧嘩が、ただの自然現象ではなく、二人の巨人の意地の張り合いに見えていました。
「ねえ、モフモフ。あの雲さん、お腹がいっぱいで苦しいのに、頑張って我慢比べをしているみたいだよ」
シャルロッテは、雨雲が意地悪なのではなく、「泣くタイミング(=雨を降らせるきっかけ)を失って、引くに引けなくなっている」のだと気づきました。そして風は、「力ずくで解決しようとして、逆効果になっている」のです。
「力で押してもだめだよ。こういう時はね、笑わせてあげるのが一番なの」
シャルロッテは、立ち上がりました。彼女は、この寓話に、新しい結末を書き加えることにしたのです。
彼女は、風属性魔法と、光属性魔法を、ごく柔らかく融合させました。
彼女が作ったのは、突風でも、熱線でもありません。それは、空まで届く、巨大な「猫じゃらし」のような、ふわふわとした魔力の羽毛でした。
「えいっ! 雲さん、こちょこちょの刑だよ!」
シャルロッテが指を動かすと、見えない巨大な猫じゃらしが、空高く舞い上がり、強張っていた雨雲の脇腹(とおぼしき部分)を、優しく、くすぐり始めました。
最初は、雨雲は無視を決め込んでいました。
しかし、執拗で、愛らしいくすぐりに、彼の岩のような我慢は、次第に崩れていきました。
ゴロゴロ……。
空から、低い雷鳴が聞こえました。それは怒りの音ではなく、こらえきれない忍び笑いの音でした。
「こ、こら、やめろ……ふふ、くすぐったい……!」
ついに、雨雲は我慢できなくなり、大きく身をよじりました。
ドッ、ザザーーーッ!
雨雲の緊張が解けた瞬間、彼が抱え込んでいた大量の水が、一気に、しかし優しく地上へと降り注ぎました。
それは、暗く冷たい嵐の雨ではなく、太陽の光を浴びてキラキラと輝く、「天気雨」でした。
雨雲は、体を軽くし、真っ白な軽い雲へと変わりました。そして、「ああ、すっきりした! 笑ったら、体が軽くなったぞ!」と言わんばかりに、風に乗って、軽やかにどこかへ流れていきました。
後には、濡れて生き生きとした花々と、空にかかる大きな虹だけが残りました。
庭師のハンスや、窓から見ていたアルベルト王子は、この不思議な天気雨に目を細めました。
「空が笑って、涙を流したようだ。なんと心地よい雨だろう」
シャルロッテは、モフモフの頭にハンカチを乗せ、虹を見上げました。
「ね、モフモフ。意地っ張りな心もね、くすぐって笑わせてあげれば、綺麗な虹になるんだよ」
こうして、王城の上空では、「力」でも「我慢」でもなく、「ユーモアと笑顔」が世界を動かすという、新しい寓話が語り継がれることになったのです。




