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【TS幼女転生王族スローライフ】姫殿下(三女)は今日も幸せ♪ ~ふわふわドレスと優しい家族に囲まれて★~  作者: 霧崎薫


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第四百二十七話「銀の匙と、姫殿下の『愛の重さの証明』」

 その日の午後、王城の誰も使わない静かな一室は、太陽光が埃の粒子を照らし、まるで液体の金のように流れていた。シャルロッテは、モフモフを抱き、部屋の中央に置かれた高精度な魔導天秤の前に立っていた。


 彼女は、銀の匙を手に取り、その柄の裏側を、そっと撫でた。



 シャルロッテには、最近、一つの不思議な現象が起こっていた。彼女が心から「可愛い」「愛しい」と感じるものに触れると、その物の物理的な重さが、ごく微細に、しかし確実に()()()()()()。この現象は、彼女の魔法ではない。彼女の純粋な感情の波動が、無意識に物質の性質に干渉していた。


 彼女は、天秤の片方に、侍従の老騎士から譲り受けた、古びた銀の匙を載せた。天秤の針は、銀の重さを示す。


「ねえ、モフモフ。このお匙さん、いつもお皿の上で静かに頑張っているから、なんだか可哀想だね。もう、重いのはおしまいにしてあげましょう」


 シャルロッテは、銀の匙に、そっとキスをした。その瞬間、銀の匙の表面から、ごく微細な、パステルピンクの光の粒子が立ち昇った。


 天秤の針が、微かに、しかし確かな角度で上昇した。匙の重さが、物理法則を超越した形で軽減されたのだ。


 シャルロッテは、この現象を、「愛しいものを、重圧から解放してあげる」という、自分の新しい、可愛い能力だと信じていた。



 しかし、彼女の前世の知識――物理学の厳密な論理――が、この現象に、静かに疑問を投げかけていた。


 シャルロッテは、銀の匙を手に取り、その柄を、光に透かして見た。匙の分子構造は、完全に銀のままだ。なぜ、重力の影響が変わるのか?


「おかしいわ。前世で習った物理学のどの法則にも、『愛の波動が重力定数を下げる』なんて、書いていなかったもの」


 シャルロッテは、天秤の隣に、もう一つの検証装置を設置した。それは、彼女の前世の知識と魔法を融合させた、「物質の密度と結合力を極限まで計測する魔導検証機」だった。


 彼女は、先ほど軽くなった銀の匙を、検証機にかけた。計測結果は、驚くべきことに、匙の密度、原子間結合力、全てが、計測前と寸分違わず「銀の物理的法則」に従っていることを示していた。


 物理的なパラメーターは、変わっていない。にもかかわらず、天秤は、軽くなったと示している。


「うーん……。私の感情波動は、何を軽くしているのかしら?」


 シャルロッテの「純粋な感情」という長所が、「物理法則の厳密性」という別の長所と衝突し、彼女の心に、自己の魔法の原理への疑問という、静かな葛藤を生んだ。



 シャルロッテは、その疑問を、モフモフに問いかけた。


「ねえ、モフモフ。愛しいものに触れると、軽くなるのは、どうしてなんだろう? 愛って、重さを持っているのかしら?」


 シャルロッテの問いにモフモフは可愛らしく首を傾げた。


 シャルロッテは、ふと気づいた。自分の魔法は、対象の物理的な重さを減らしているのではない。「対象に込められた愛の深さ」を、「軽さ」という形で可視化しているのではないか?


 彼女は、銀の匙を、そっとモフモフの毛皮に触れさせた。そして、天秤の皿に、そっとモフモフの毛を一本、静かに載せた。


 毛は、あまりに軽すぎて、天秤は微動だにしなかった。


 シャルロッテは、銀の匙を再び手に取り、最後の検証、すなわち「愛の重さの証明」に挑んだ。


 彼女は、銀の匙に、「誰かに、優しく、温かいスープを飲ませてあげたい」という、純粋な愛の願いを、全身の感情の波動で、惜しみなく注入した。


 そして、その匙を、天秤の皿に、静かに置いた。


 その瞬間、天秤の針は、以前にも増して激しく振れた。匙は、極限まで軽くなったのだ。



 シャルロッテは、その原理を悟った。自分の感情波動は、「重さ」を操作しているのではない。「対象への愛の純粋性」を、「物理的な軽さ」として表現しているのだ。愛が深ければ深いほど、物理的な重さの概念は消滅する。


 シャルロッテは、モフモフを抱きしめた。彼女の胸に宿る、モフモフへの愛こそが、彼女の持つ最も純粋で、最も重い感情だった。


 シャルロッテは、モフモフの毛の重さを物理的に「ゼロ」にしようとした。


「ねえ、モフモフ。シャルの愛が、どれだけ深いか、一緒に試してみましょう!」


 シャルロッテは、モフモフの体に、「愛しい」という、純粋で、無限の愛の波動を、全身全霊で注入した。


 モフモフの毛の分子構造に、温かい光の粒子が宿り、モフモフの周囲の空気が、微細な、虹色の振動で揺らめいた。その振動は、モフモフの毛の重さを、物理的な法則の領域から完全に切り離した。


 モフモフは、重力に縛られることなく、シャルロッテの愛によって、究極の軽さを得た。



 モフモフの毛の一本一本が、微細な、パステルカラーの光の粒子を放ち、その粒子の集合体が、空気の粘性を優雅に滑り、シャルロッテの頬に触れる。その感触は、単なる毛の感触ではない、愛という名の温かい静電気であり、感情の温かさが、皮膚の微細な感覚を、至福の極致へと導いた。


 シャルロッテは、モフモフを抱きしめ、にっこり微笑んだ。


「えへへ。だって、愛という名の重さがないものの方が、絶対可愛いもん!」


 その日の午後、王城の一室は、シャルロッテの愛の哲学によって、「愛の深さこそ、万物を軽やかにする究極の力である」という、温かい真理に満たされたのだった。

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