第四百二十四話「水車小屋の軋みと、姫殿下の『失われた約束の記憶』」
その日の午後、王城から遠く離れた森の奥深くにある、古びた水車小屋は、水車の軋む音と、湿った木の匂いに満ちていた。シャルロッテは、モフモフを抱き、その水車小屋の前に立っていた。
水車小屋の主人である、老いた男性、バルカスは、その顔に、「記憶の喪失」という名の、深い悲しみの影を宿していた。彼は、数年前、妻を不治の病で亡くし、そのショックで、妻との最も愛しい思い出だけを、全て失ってしまっていたのだ。
バルカスは、水車の軋む音を聞きながら、静かに語った。
「おや、姫様。この水車の音は、私の空っぽの心の音です。私は、妻の愛を、指先で触れることはできても、その物語だけを、どうしても思い出せないのです。この欠けた記憶は、私にとって、永遠の呪いなのです」
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シャルロッテは、バルカスの持つ「記憶の喪失」という、悲劇的な試練を感知した。彼女の目には、水車小屋の軋む音が、「愛の物語を再生してほしい」という、切実な願いの波動として響いていた。
「ねえ、バルカスおじいさん。記憶はね、失くなってないよ。記憶はね、おじいさんの家に、かくれんぼしているだけだよ」
バルカスは、シャルロッテの純粋な指摘に、顔を上げた。
「かくれんぼ、ですか……? しかし、わたくしは、毎日探しているのです。どんな方法を用いても、見つからないのです」
シャルロッテは、バルカスの持つ「論理的な探求」を、「愛の無邪気な遊び」という新しい哲学で包み込むことにした。
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シャルロッテは、水車小屋の軋む音に、そっと耳を傾けた。そして、光属性と時間魔法を融合させた。
彼女の魔法は、水車の歯車の一つ一つに、「愛の物語の音符」を定着させた。そして、水車の軋む音を、「愛の物語の旋律」へと変換させた。
シャルロッテは、バルカスに語りかけた。
「ね、おじいさん。水車小屋の音はね、おじいさんとおばあさんの、一番可愛い約束を歌っているんだよ。おじいさんは、その歌に合わせて、家の中を、無邪気に探すの。記憶はね、真面目な顔では見つからないんだよ」
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バルカスは、水車の軋む音が、以前のような「空っぽの音」ではなく、「懐かしい愛の旋律」を奏でているのを感じた。その旋律に導かれ、彼は、長年の論理的な探求を捨て、無邪気な遊び心で、家の中を探し始めた。
彼は、妻がいつも座っていた窓辺の椅子、二人が初めて手を繋いだ古いテーブル、そして、妻の愛用していた、微かにラベンダーの香りが残る古びた木箱を開けた。
そして、木箱の底に、彼は、二人が結婚前に交換した、小さな指輪を見つけた。それは、彼が妻との愛を誓った*最も大切な「約束の記憶*の、物理的な証拠だった。
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バルカスは、指輪を手に、愛の物語を全て思い出した。その時、彼の顔から、「記憶の喪失」という名の呪いが、静かに解けた。
バルカスは、シャルロッテに深々と頭を下げた。
「姫様。わたくしは、論理で記憶を取り戻そうとして、愛の無邪気な心を忘れていました。あなたの愛は、わたくしに、「失われた愛は、無邪気な心でしか見つけられない」という、真実を教えてくださいました」
シャルロッテは、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、悲しい呪いよりも、無邪気な愛の遊びのほうが、絶対可愛いもん!」
その日の午後、水車小屋の軋む音は、シャルロッテの愛の哲学によって、「失われた愛の記憶は、無邪気な心によって再生する」という、温かい真理に満たされたのだった。




