第四百二十一話「試練の剣と、姫殿下の『愛の重力操作』」
その日の午後、エルデンベルク王城の広大な広場は、厳粛な雰囲気に包まれていた。シャルロッテは、モフモフを抱き、ルードヴィヒ国王と共に、近隣の武術国家から運び込まれた巨大な黒曜石の台座の前に立っていた。
台座には、柄の部分まで深く、一振りの古びた伝説の剣が突き刺さっていた。その剣は、「真の王と、純粋な魂を持つ者」にしか引き抜けないという、古い盟約の象徴だった。
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剣の管理者である、近隣の武術の師範、マスター・ゲオルグは、冷徹な視線で立っていた。
「陛下。この剣は、『力の純粋性』と『魂の重責』を測る試練です。挑戦者が引き抜くには、剣の『重さ』と『王の意志』の魔力的なバリアを、力と決意で打ち破らねばなりません。安易な気持ちでは、指一本触れることすら叶いません」
ゲオルグは、剣を「強さ」と「責任」という、冷たい論理で捉えていた。王族たちが、その重さに挑戦する様子を、厳粛に見守っていた。
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ルードヴィヒ国王は、王国の威信をかけ、剣に挑戦したが、剣は微動だにしなかった。アルベルト王子も、論理的な手順で挑んだが、剣は動かなかった。
その時、シャルロッテは、モフモフを抱き、その剣に、強い好奇心を抱いた。
「ねえ、モフモフ。この剣さん、なんだか、すごく重そうだよ。でも重いだけなのは、可哀想だね」
シャルロッテは、剣の持つ「重さ」が、「試練」ではなく、「誰にも引き抜けないという、剣自身の孤独な悲鳴」だと感じた。
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シャルロッテは、周囲の厳粛な雰囲気を意にも介さず、台座に上がり、ただ、剣の柄に手を添えた。
「姫様……?」
周囲のざわめきをよそに彼女は風属性魔法を、ごく微細に、しかし通底的に応用した。
彼女の魔法は、剣の魔力的なバリアを打ち破るのではない。その代わりに、剣が持つ「重さ」という概念を、「無邪気な遊び」という、全く異なる論理で上書きした。
シャルロッテは、剣に向かって語りかけた。
「ねえ、剣さん。重いのは、もうおしまいだよ。私と一緒に『ふわふわ遊び』をしようよ!」
シャルロッテは、剣の周囲の重力ベクトルを、ごく僅かに、上向きへと、遊び心で操作した。剣は、その瞬間、台座への固着力を失い、まるで、最初から空中で静かに待っていたかのように、スッと、何の音もなく、シャルロッテの小さな手の力だけで、台座から引き抜かれてしまった。
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広場は、一瞬の静寂の後、未曽有の騒動に包まれた。
ゲオルグ師範の論理は瞬時に崩壊した。彼は、顔面蒼白になり、膝から崩れ落ちた。
「ば、馬鹿な!『力』でも『王の意志』でもない、『無邪気な遊び心』に、剣が屈服しただと!?」
立ち会っていた近隣諸国の特使団は、「王国の姫は、伝説の剣を『遊び心』で手に入れた。これは、武術への最大の侮辱だ!」と、激しい怒りと困惑を表明した。
剣は、シャルロッテの「愛の重力操作」によって、「試練」という名の重い役割から解放され、その刀身から、温かい七色の光の粒子を静かに放ち始めた。剣は、もはや「力の象徴」ではなく、「愛の無邪気な解放」の象徴へと変貌していた。
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ルードヴィヒ国王は、その騒動の中で、娘の純粋な愛の力が、武術の冷たい論理を凌駕したことを悟った。
国王は、騒動を静かに収めると、シャルロッテの元へ歩み寄った。
シャルロッテは、剣をモフモフの隣に置き、にっこり微笑んだ。剣は、彼女の隣で、まるで子猫のように、静かに横たわっていた。
「ねえ、パパ。この剣さんね、重い試練なんか嫌だったんだよ。もっとふわふわで軽い遊びがしたかったんだって!」
国王は、ゲオルグ師範と特使団に向かって、宣言した。
「この剣は、武力ではなく、愛という名の無邪気な心にこそ、その真の力を捧げることが証明された。この剣は、今後、『試練の剣』ではなく、『愛の剣』として、我が王国の平和の象徴とする!」
ゲオルグ師範は、その宣言に打たれ、武術の真の極致は「力」ではなく「愛」であることを悟り、シャルロッテに深く頭を下げた。
シャルロッテは、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、重い試練よりも、愛という名のふわふわの遊びのほうが、絶対可愛いもん!」
その日の午後、広場は、シャルロッテの愛の哲学によって、「愛の無邪気さこそ、最大の力である」という、温かい真理に満たされたのだった。




