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第四十二話「薔薇の塔の鏡と、反転世界のお人形」

 その夜、シャルロッテは、自分の部屋にある大きな姿見の前で、いつになく静かに佇んでいた。部屋のランプは消され、窓から差し込む満月の光だけが、鏡面を妖しく照らしている。


 鏡の中に映る自分の姿は、いつもの笑顔の自分とは、どこか違っていた。口元は微動だにせず、瞳には感情の光がない。まるで、完璧なガラスの仮面を被った、冷たくて美しい「お人形」のようだ。


 シャルロッテは、その無感情な人形に、言いようのない好奇心を覚えた。それは、前世の孤独な経験から生まれた、「誰にも愛されなくてもいいから、完璧に一人でいたい」という、彼女の内面に潜む、タブーのような願いを体現しているかのようだった。



 鏡の中のシャルロッテが着ているドレスは、現実のライラック色のドレスと同じ形をしているのに、色は全てモノトーンの濃い灰色。しかし、首元とスカートの裾のフリルだけが、血のように鮮やかな深紅に染まっていた。


「ねえ、あなた。あなたの世界は、可愛いの?」


 鏡の中の人形は、無言で、しかし挑発的に、シャルロッテを見つめ返した。その瞳は、現実のシャルロッテの「可愛い」という感情が反転した、冷酷な美しさを湛えている。


 妹の異様な雰囲気に気づいたマリアンネとイザベラが、そっと部屋にやってきたが、二人は鏡の中の世界、深紅のフリルを見ることができない。


「シャル、どうしたの? 今日はなんだか雰囲気が違うわ」と、イザベラが心配そうに尋ねた。



 シャルロッテは、兄姉の問いかけに答えず、鏡の中の自分に近づき、手を重ねようとした。


 その瞬間、鏡面は一瞬、水面のように揺らぎ、シャルロッテの体は、深紅の光に包まれた。マリアンネとイザベラが、驚愕の声を上げる。


 現実のシャルロッテは、鏡に手を触れたまま、一瞬で、鏡の世界の深紅のモノトーン・ドレスを纏った。パステルカラーのドレスは消え、血の色のようなリボンが首元に巻かれている。その姿は、冷酷だが、どこまでも耽美で、抗いがたい美しさを持っていた。


「わあ……! 可愛い……!」


 シャルロッテは、深紅のドレスを纏った自分の姿を見て、目を輝かせた。その「可愛い」の基準は、これまでの「ふわふわ、きらきら」とは異なり、冷たい美しさ、完璧な孤独、そしてタブーへの挑戦という、倒錯的な感情が混ざり合っていた。



 シャルロッテは、鏡の中のもう一人の自分に、優しく微笑んだ。


「あなたは、もう一人の完璧なわたし。でもね、一人じゃなくていいんだよ」


 シャルロッテは、光属性魔法を使い、鏡の中の自分に、温かい虹色の光を浴びせた。光と闇、熱と冷たさ、可愛いと冷酷。対立するすべての概念を、彼女はただ「美しく、私の、かけがえのない一部」として受け入れた。


 その行為により、鏡の中の冷たい人形は、一瞬だけ、優しく、そして切ない笑顔を見せた。


 シャルロッテは、深紅のドレスを脱ぎ、いつものパステルカラーのドレスに戻ったが、手に持ったのは、鏡の世界から現実に持ち帰った、深紅のフリルが付いたモノトーンの小さなリボンだった。


「シャル……そのリボンは……」と、イザベラは、その倒錯的な美しさに魅了され、言葉を失った。マリアンネは、そのリボンに残る「感情の反転」の魔力的な原理を、すぐに研究し始めた。


 シャルロッテは、自己の内に潜む「冷たい美しさ」をも肯定し、誰にも理解されないかもしれないが、より自由で強靭な「可愛い」を手に入れた。夜の薔薇の塔は、今日も、愛と、そして少しの退廃的な美しさに満ちていた。

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