第四百十五話「窓辺の微光と、姫殿下の『愛の焦点距離』」
その日の午後、王城の誰も使わない古い図書室の一室は、静かに、しかし光の粒子で満たされていた。シャルロッテは、モフモフを抱き、窓辺の分厚いオーク材のテーブルに座っていた。
彼女の隣には、宮廷の細密画家である青年、エドガーがいた。エドガーは、特注の極細の筆を持ち、王妃の新しい肖像画の瞳に、「愛の光の再現」という、彼の技術の極致を試みていた。彼の技術は、観察した光を完璧に再現することにあった。
「ああ、姫様。光とは、かくも気まぐれなもの。この一瞬の反射を、永遠に定着させることが、なぜこれほどまでに困難なのでしょう」
エドガーの筆先は、彼の技量を超えた、「光が持つ、無数の感情の揺らぎ」に、静かに抵抗されていた。彼は、技術が「真実」を捉えることの限界に直面していた。
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シャルロッテは、エドガーの筆の震えを、ただの「空気の対流」として見なかった。彼女の目には、その微細な震えが、エドガーの「技術では届かない、愛の領域への切実な憧れ」の振動として見えていた。
「ねえ、エドガーお兄さん。筆が震えているのはね、お兄さんの心が、描きたい光が、あまりに可愛くて、どきどきしているからだよ」
シャルロッテは、エドガーの純粋な願いを、彼の技術の「余白」と融合させることにしてあげた。
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シャルロッテは、窓から差し込む光の帯に、そっと手のひらをかざした。彼女の銀色の巻き髪は、その光を吸収し、ごく微細な、虹色の光の霧を放ち始めた。
シャルロッテは、光属性と風属性の魔法を優雅に融合させた。
彼女の魔法は、図書室の窓から入る光を、レンズのように収束させた。そして、筆先の周りの微細な空気の流れを、ごく僅かに、反時計回りの「愛の螺旋」へと優雅に操作した。
エドガーは、筆を持つ手が、急に「安定した沈黙」を得たのを感じた。筆先の震えが、ピタリと止まった。
その瞬間、窓から差し込む光は、単なる太陽光ではなく、エドガーの筆先に、「愛の光の焦点距離」という、最も完璧な光の角度を優しく提示した。
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エドガーは、その一瞬の奇跡の中で、王妃の瞳に、技術の極致を込めた一筆を定着させた。その一筆は、彼の技術の限界をわずかに超え、王妃の瞳に、「愛という名の、予測不能な、温かい感情の光」を宿らせた。
エドガーは、筆を置き、図書室の窓を見上げた。彼は、キャンバスの瞳に宿る光が、自分の技術の再現を超越した「愛の奇跡」であることを悟った。
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ああ、私のこれまでの技術は、光を再現することにあった。しかし、今、この瞳に宿る光は、再現ではない、創造だ。この光は、私の技術の隙間――「予測不能な奇跡を受け入れる余白」――に、姫様の愛がそっと忍び込ませてくれたものだ。私は、技術の完璧性を求めていたが、最高の技術とは、愛という名の不確実な奇跡を、優雅に受け入れる余白を持つことだったのだ。
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エドガーは、シャルロッテの愛の哲学に、深く頭を下げた。
「姫様。わたくしは、技術を閉じた論理と考えていました。しかし、あなたの愛は、技術に「奇跡を受け入れる余白」を与えてくれました。最高の技術とは、愛という名の不確実性を、最も優雅に受け入れることなのですね」
エドガーは、筆を手に取り、肖像画の瞳の横に、ごく微細な、誰も気づかない「愛の螺旋の光」を、記念として描き加えた。彼の技術は、愛という名の奇跡を受け入れ、新たな極致へと昇華した。
シャルロッテは、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、技術だけで描くよりも、愛という名の奇跡を受け入れる余白があるほうが、絶対可愛いもん!」
その日の午後、図書室は、シャルロッテの愛の哲学によって、「最高の技術とは、愛の奇跡を受け入れる余白を持つことである」という、温かい真理に満たされたのだった。




