第四百六話「鏡の前の選択と、姫殿下の『実存のフリル』」
その日の午後、王城の静かな一室は、「実存的な選択」の重い空気で満ちていた。シャルロッテは、モフモフを抱き、その部屋の隅に座っていた。
部屋の中央、大きな鏡の前に立っているのは、宮廷の若い書記官、エミールだった。彼は、今夜の晩餐会で、自身のキャリアを左右する重要な人物に挨拶をしなければならない。彼の心は、「美的段階」と「倫理的段階」という、二つの激しい選択の間で揺れていた。
彼は、どちらの服を選ぶか、鏡の前で延々と迷っていた。
●Aの選択(美的段階): 鮮やかな深紅の、流行を追った華美なスーツ。周囲の注目を集め、刹那的な快楽と美を楽しむ道。
●Bの選択(倫理的段階): 堅実な紺色の、伝統的な裁断のスーツ。社会的な規範と義務を果たし、王国の秩序に貢献する道。
エミールは悩まし気に呟いた。
「どちらを選べば、私は真の私でいられるのか? 華やかな美を追求する私は、社会的な義務を果たす私を裏切るのではないか?この選択の重みが、私に実存的な不安をもたらす!」
エミールは、どちらの道を選んでも、「選ばなかった自己の可能性」を失うという、「不安」に囚われていた。
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シャルロッテは、エミールの抱える「選択の不安」を感知した。彼女の目には、エミールが「服」ではなく、「人生の責任」という、重い鎖を身につけようとしているのが見えていた。
「ねえ、エミールお兄さん。どっちも着たいなら、どっちも着ればいいんじゃないの?」
エミールは、シャルロッテの純粋な指摘に、顔を曇らせた。
「おそれながら姫様。それは、不可能な選択です。両方を選べば、私は自己の矛盾に陥り、真の私を見失います。真の実存は、どちらかを決断し、飛躍することによってのみ得られるのです」
シャルロッテは、エミールの「決断の重み」を、「愛の無邪気さ」という、新しい哲学で包み込むことにした。
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シャルロッテは、エミールの手に、モフモフの毛皮をそっと触れさせた。そして、光属性と変化魔法を融合させた。
彼女の魔法は、エミールの服に作用するのではない。その代わりに、エミールの心の奥底に、「遊び心」と「愛という名の無邪気さ」という、第三の要素を注入した。
シャルロッテは、エミールに、第三の選択肢を提案した。
「じゃあね、お兄さん。Aのスーツを着て、Bのスーツの裏地を、パステルピンクのフリルに、こっそり変えてみたらどう?」
エミールは、その提案の非合理性に戸惑った。しかし、シャルロッテの「無邪気さ」が、彼の哲学的な葛藤を一気に吹き飛ばした。
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エミールは、紺色のBのスーツを選び、シャルロッテの提案通り、裏地に、パステルピンクのフリルを、ごく一部だけ、誰も気づかないように仕込んだ。
そして晩餐会。
エミールは、堅実な紺色のスーツで、規範的な振る舞いを続けた。しかし、彼の心は、裏地のパステルピンクのフリルが、肌に触れる微かな感触によって、「私は、社会的な義務を果たしながらも、裏側で、自分だけの美的な遊びを楽しんでいる」という、究極の自由を得ていた。
彼は、「倫理的段階」の中で、「美的段階」の快楽を、誰にも知られない秘密として享受するという、第三の「愛の段階」に飛躍したのだ。
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エミールは、晩餐会後、シャルロッテの許へ駆け寄った。
「姫様。わたくしは、選択の重みから解放されました。裏地のフリルは、私に『決断とは、どちらかを選ぶことではなく、選んだ道の中で、自分だけの遊びの自由を見つけることだ』と教えてくれたのです。あなたの愛は、私に実存のフリルを与えてくれました!」
シャルロッテは、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、難しい選択よりも、秘密のフリルをこっそり楽しんでいるお顔のほうが、絶対可愛いもん!」
その日の午後、王城の一室は、シャルロッテの愛の哲学によって、「愛の無邪気さこそ、実存の不安から解放される、究極の飛躍である」という、温かい真理に満たされたのだった。




