第四百二話「石畳の迷宮と、姫殿下の『愛の遊び時間』」
その日の午後、城下町の裏手にある、石畳の複雑な路地は、賑やかな歓声と、小さな足音に満ちていた。シャルロッテは、モフモフを抱き、城下町の子供たち――元気いっぱいの少年ハンス、ちょっぴり内気な少女リーゼロッテ、そして小さな双子のペーターとパウル――と共に、ひたすらに遊びに興じていた。
彼らが遊ぶ路地は、シャルロッテの魔法によって、日常とは異なる、「愛の遊び時間」の空間へと変貌していた。
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「鬼は、シャルロッテ様!」
ハンスの元気な声が響き、鬼ごっこが始まった。シャルロッテは、モフモフを抱いたまま、子供たちを追いかけた。
シャルロッテは、風属性魔法をごく微細に応用し、子供たちの足元に、「遊びの歓喜」という名の、温かい追い風を送った。子供たちは、物理的な疲労を感じることなく、どこまでも軽やかに、石畳の上を走り続けた。
「姫様! ずるいぞ! 姫様の足元から、パステルピンクの風が吹いているぞ! 魔法はダメなんだからな!」
「えへへ。いいのいいの! だって、みんなが笑っている時間が、一番速く進む魔法なんだもん!」
追いかけ、追いかけられるという、シンプルな行為が、シャルロッテの魔法によって、愛のエネルギーの交換へと変わっていた。
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次に、遊びはかくれんぼへと移行した。シャルロッテは、鬼役をハンスに譲り、自らは隠れる側に回った。
内気なリーゼロッテは、路地の隅の、大きな木樽の陰に隠れた。不安で体が震えそうになる彼女の傍へ、シャルロッテは、光属性魔法で、「勇気の光の粒」を、木樽の影にそっと定着させた。
リーゼロッテは、その光の粒に触れた瞬間、体の震えは止まり、自分の隠れた場所が、「世界で一番安全で、愛されている場所」だと感じた。
「こんなに、温かいかくれんぼは、初めてだわ……。姫様、ありがとう……」
シャルロッテは、モフモフを抱きしめたまま、モフモフの毛皮の色を、周囲の壁の色と完璧に同化させる変化魔法で、どこにもいないかのように消えていた。
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遊びは、城壁近くの、太い蔦の絡まった大きな木の木登り競争へと発展した。
小さな双子のペーターとパウルが、木の幹の途中で、恐怖に体が硬直した。
シャルロッテは、木の幹にそっと触れた。そして、土属性魔法を応用し、木の幹の表面に、子供たちが手足をかけるたびに、「愛という名の、微細な弾力」を与えるようにした。
ペーターとパウルは、幹が自分たちを優しく支えてくれるのを感じ、恐怖を克服して、木の最も高い枝まで登りきった。
「わあ!この木は、僕たちのことを、抱きしめてくれるみたいだ!」
「姫様!この木は、僕たちのお父さんみたいだよ!」
双子は歓喜に沸いていた。
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この遊びの全てを、城下町の老いた薬師、バルタザールが、彼の店の窓から、静かに見守っていた。彼は、長年、薬の調合という「静かな献身」に人生を捧げてきた人物だ。
バルタザールは、薬草をすり潰す手を止め、その光景に涙ぐんだ。彼の調合する薬は、病を治すための「静かなる苦痛」の象徴だったが、姫様の遊びは、「生の喜び」そのものを、人々の心に注入していた。
「姫様は、遊びという名の魔法で、子供たちの心に、永遠の愛の処方箋を与えていらっしゃる……。これこそ、わたくしが追い求める究極の癒しだ……」
夕暮れが近づき、遊びの時間は終わりを迎えた。子供たちは、今日の遊びで得た「愛のエネルギー」に満たされ、歓声を上げながら、それぞれの家へと帰っていった。
シャルロッテは、モフモフを抱き、バルタザールの店の前で、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、難しいこと考えるよりも、みんなで笑って、思いっきり遊ぶほうが、絶対可愛いもん!」
その日の午後、城下町の路地は、シャルロッテの愛の哲学によって、「遊びの時間は、愛のエネルギーの最高の源である」という、温かい真理に満たされたのだった。




