第四百一話「純粋な白と、姫殿下が織る『愛の連帯のヴェール』」
その日の午後、王城のドレッシングルームは、シルクとレースの優雅な微熱に満ちていた。シャルロッテは、モフモフを抱き、大きな窓から差し込む、柔らかな光の帯の中に座っていた。
部屋の中央では、若き女性の衣装デザイナー、リディアが、王妃のために仕立てた純白の婚礼衣装のヴェールを広げていた。ヴェールは、完璧な白のシルクで織られていたが、リディアの顔には、静かな苦悩が浮かんでいた。
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ドレッシングルームの光は、宮廷のデザイナーである私のヴェールを冷たく照らしていました。
私は、この純白が「愛の極致」だと信じ、徹夜で織り上げましたが、この白は冷たい氷のようです。愛は、私にとって、孤独に耐え、己の情熱を昇華させた、孤高の結晶です。
しかし、この冷たい美しさは、王妃様の、あの温かい微笑みには似ていない。私は、何かが決定的に欠けていることを知っていました。その欠落は、私の胸の奥深くに、鋭い痛みとなって突き刺さっていました。
「わたくしの目指す白は、『愛の純粋性』です。しかし、この白は、あまりに冷たく、孤独です。愛とは、一人では成立しないのに、このヴェールは、誰の存在も受け入れないかのようだわ」
私の静かな苦悩を、彼女は見抜いていました。銀の髪を持つ、あの小さな太陽のような姫様が、モフモフ様を抱いて、私の傍に立っています。
「ねえ、リディアお姉様。その白はね、一人で輝こうとしているから、冷たいんだよ。白はね、いろんな色と仲良くしないと、本当は可愛くないの」
私は、姫様の純粋な視線に、激しく心を揺さぶられました。私の哲学を、彼女は最もシンプルな言葉で否定しています。しかし、その否定は、冷たい批判ではなく、温かい赦しでした。
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リディアお姉さんの白は、とても綺麗。
でも、まるで、誰もいない白い砂浜みたいで、少し淋しかった。
お姉さんは、「愛は孤独な結晶」って信じているけど、本当は、誰よりも温かい手を求めているのが、私には見えていた。あの純白のヴェールは、お姉さんの、誰にも汚されたくないという、情熱的な願いの表れ。私は、その願いを壊さずに、愛の温もりという、新しい色を混ぜてあげたかった。
「リディアお姉様。愛の純粋性は、誰かを排除することじゃないよ。愛の純粋性はね、みんなの温かい気持ちを、全部優しく受け入れることだよ」
私は、お姉さんの孤独なヴェールに、そっと手を触れた。お姉さんのヴェールは、私に「私の情熱は、間違っていないと、誰かに言ってほしい」と、囁いている。私は、お姉さんの情熱を、否定しない。ただ、その情熱を、愛という名の連帯に繋げてあげる。
私の光属性の魔法が、ヴェールの繊維に溶け込んでいく。私がヴェールに定着させたのは、お姉さんを愛する家族の温かい記憶、そして、お姉さんが無意識に街で見かけた、恋人たちの静かな微笑みといった、無数の愛の色彩だった。
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姫様の小さな手が、ヴェールに触れた瞬間、冷たかった白が、まるで朝の光を浴びたように、微かに温かくなりました。私は、ヴェールの中に、微細な、しかし確かに存在する、無数の色彩の振動を感じました。それは、私一人の情熱ではない、王妃様の慈愛、友人たちの祝福、そして、街を行く人々の、静かな愛の交歓の記憶でした。
愛の連帯。私が求めていた「純粋な愛」は、誰にも汚されない白ではなく、すべての温かい色を受け止め、その上で輝く白だったのですね。私の孤独な芸術は、姫様の愛によって、連帯の温かい白という、新しい真実を得たのです。
「姫様。わたくしは、愛を冷たい孤独の完成と誤解しておりました。しかし、姫様の愛は、愛の純粋性が、連帯の温もりによってこそ、真の美を得ることを教えてくれました。わたくしの芸術は、今日、愛の連帯の温かい白を手に入れたのです……」
私の胸の奥深くに刺さっていた、孤独の痛みが、温かい情熱となって、全身に広がりました。私は、姫様という、私にとっての情熱的な連帯の象徴を強く抱きしめたい衝動に駆られました。
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お姉さんが、私を力強く抱きしめてくれた。お姉さんのヴェールが、温かい愛の色彩で満たされていくのを感じる。お姉さんの情熱は、もう孤独ではない。みんなと繋がっている。
「えへへ。だって、一人ぼっちの冷たい白よりも、みんなの温かい色を優しく包む白のほうが、絶対可愛いもん!お姉さんが、幸せそうでよかった」
私は、お姉さんの孤独な情熱を、無条件の愛で肯定しました。お姉さんの追求する美学は、愛という名の連帯によって、永遠に輝き続けるでしょう。
その日の午後、ドレッシングルームは、二人の女性の間に交わされた、情熱的で、温かい愛の真実の光に満たされていたのだった。




