第四十話「王立学院の標本の館と、骨の上の花飾り」
その日、シャルロッテは、第二王女マリアンネに連れられ、王立学院の敷地内にある「魔法生物の標本の館」を訪れた。
館の中は、外の明るい日差しが届かず、薄暗い。ガラスケースの中には、過去に倒された魔物や、絶滅した珍しい動物の剥製、そして巨大な骨格標本が並んでいた。学生たちが「怖くて近づけない」と噂する、異様な雰囲気に満ちた場所だ。
マリアンネは、「ここで生物魔法の構造を学べるのよ」と熱心に説明するが、シャルロッテは、剥製には目もくれず、中央に展示された、三頭の鹿の異形の骨格標本の前に立ち止まった。
「わあ……」
その標本は、見る者を畏怖させる異形さを持っているが、シャルロッテの瞳には、それが決して「死んだもの」ではなく、「その生き物の形を永遠に守った、内側のデザイン」として映っていた。その骨の連なりの完璧さ、構造の美しさに、シャルロッテは「可愛い」を見出した。
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マリアンネは、骨格標本に近づき、顔を曇らせた。
「この標本、保存状態が良くないわ。特にこの三頭鹿は珍しい標本なのに、このままでは崩れ落ちてしまいそう」
骨の表面には、微細な亀裂が走り、死と崩壊の気配が漂っていた。
シャルロッテは、その崩れゆく「内側のデザイン」を救いたいと思った。彼女は、モフモフを抱き、そっと手を骨格標本に向けた。
そして、土属性魔法を応用した。骨は、土の精髄。彼女は、骨格一つ一つに、「永遠にその形を保ち、生命の証として存在し続けよ」という、静かで強い魔力を込めた。
すると、骨格全体が、一瞬、薄い琥珀色の光を放ち、その構造は魔法的に強化された。崩壊の危機は去った。
「これで大丈夫よ、お姉様。この子たちは、ずっとこの形でいてくれるよ」
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そこに、騎士訓練を終えたフリードリヒが、汗を拭いながら迎えに来た。彼は、薄暗い館と骨格標本を見て、一瞬顔を引きつらせた。
「うわっ、ここは苦手だ。シャル、早く帰ろう」
シャルロッテは、フリードリヒの腕を引いて、骨格標本の前に連れて行った。
「ね、兄様。この子たちに、お花をあげよう」
シャルロッテは、イザベラがくれた、城の庭園で摘んだ最も鮮やかな色の薔薇とスミレでできた花飾りを、骨格標本の最も異形な三頭の頭部に、一つずつ優しく捧げた。
その瞬間、「死の象徴である白い骨」と「生命の象徴である色鮮やかな花」の相反する組み合わせが、館の薄暗い雰囲気を一変させた。骨格標本は、異形であるにもかかわらず、どこか崇高で、耽美な美しさを放ち始めた。
フリードリヒは、その光景に言葉を失った。
「怖かったけど……シャルが飾ったら、これは、命を捧げた勇気のシンボルに見える……」
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マリアンネは、研究ノートに、熱狂的に書き込み続けた。
「死の構造物に、生命のエネルギーを込める……シャルロッテの魔法は、生と死、異形と美という対立概念を、ただ『愛』という一点で融合させてしまう。これは、生命の根源に対する、究極の肯定よ」
シャルロッテは、骨という「死」の表現を通して、生命が持つ根源的な「形」と「尊厳」を発見し、愛でた。
その日以降、王立学院では、その花飾りの骨格が「生命と愛の象徴」として展示されるようになり、標本の館の恐ろしいイメージは完全に払拭された。シャルロッテは、異形なものを、彼女自身の純粋な愛の力で「可愛い」に昇華させたのだった。