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第四話「国王陛下の過剰な愛情と王妃殿下の秘密の糸」

 その日の午後、シャルロッテは薔薇の塔の自室で、ぬいぐるみのコレクションを並べていた。ふわふわのクマ、きらきらのウサギ、そして先日もらった手作りのテディベア。どれも大切な宝物だ。


「うん、みんな可愛いね!」


 満足そうに頷いたシャルロッテは、ふと、空想に耽った。


「もし、虹色のたてがみを持ったユニコーンのぬいぐるみがあったら、きっと素敵だろうな……」


 小さな、ただの呟きだった。シャルロッテの魔力色と同じ、極めて稀な虹色の輝きを持つユニコーン。想像するだけで、胸がわくわくする。


「シャル様、どうかなさいましたか?」


 横で刺繍をしていた専属メイドのエマが尋ねた。


「ううん、なんでもないの。ちょっと、可愛いものを想像しただけ」


「まあ。シャル様の想像なさるものは、きっと世界で一番可愛いでしょうね」


 エマが微笑み、また刺繍に戻る。

 平和で、穏やかな午後だった。


 しかし、この小さな呟きが、数時間後、王城全体を巻き込む「国王陛下の大事件」を引き起こすことになるとは、誰も予想していなかった。



 その夜、王の執務室。


 国王ルードヴィヒ3世は、巨大な大陸地図を広げ、険しい表情でペンを走らせていた。隣には執事のオスカーが、困惑した顔で立っている。


「オスカー! 隣国アルベール公国に特使を送る準備は整ったな?」


「陛下、恐れながら、特使派遣の件は再考をお願いいたします」


 オスカーが顔色を変えて進言する。


「再考などいるものか! 我が愛娘、シャルロッテが望んでおるのだ! 虹色のユニコーンのぬいぐるみが欲しいと! あんなに可愛い、天使のような子の願いを、父である私が叶えずして、誰が叶えるというのだ!」


 ルードヴィヒ国王は、シャルロッテを思い浮かべただけで、目尻に涙を浮かべた。


「アルベール公国の職人が、虹色の魔法生物の毛皮を使った最高級のぬいぐるみを作る技術を持つと聞いた。よし、特使には国費から金貨百枚を持たせ、最高の職人を招聘してくるよう伝えよ! 万が一、職人が来られない場合は、あの虹色の聖獣の毛皮を譲り受けるよう交渉するのだ!」


「陛下! 虹色の聖獣の毛皮は、かの国の国宝級の代物ですぞ! それに、金貨百枚は一国の騎士団を一年養える額です! ましてや、三女殿下はただ『可愛いものを想像した』と仰っただけで……」


「た、ただの想像だと? いや、あれは我が娘……いや我が宝からの、父への切なる願いだ! オスカー、お前にはシャルロッテの可愛さが分からんのか! あの笑顔を見たいがために、私はこの国を治めていると言っても過言ではないのだぞ!」


「過言でございます!」


 オスカーが思わず声を荒らげた、その時。


 扉が音もなく開き、エレオノーラ王妃が入ってきた。エレオノーラは、優雅な中に鋭い光を宿した緑の瞳で、国王と地図を交互に見つめた。


「あなた、一体何をしていらっしゃるの?」


 その声は、静かだが、執務室の空気を一瞬で凍らせた。


「エ、エレオノーラ! いや、これは、その……」


 普段は異言に満ち溢れた国王も、妻の前ではただの夫だ。ルードヴィヒはたちまちしどろもどろになった。


「特使を隣国へ送る? 国宝級の毛皮を買い付けようとする? たった五歳の娘の、ただの想像のために?」


 エレオノーラは、手に持っていた王家の紋章入りの伝書を、ルードヴィヒの机に静かに置いた。


「『我が愛娘の笑顔のために、至急、虹色の魔物素材を調達せよ』。これが、あなたが出そうとしていた特使への命令書ですわね」


「ああ、神よ」と、オスカーが天を仰いだ。


「あのね、ルードヴィヒ。前に注意しましたでしょう? 『甘やかしすぎないよう』にって。シャルロッテはただ健やかで自由な生活を望んでいる。あなたの過剰な愛情が、いつかあの子の重荷になると、なぜ分からないのです」


「うぐっ……」


 ルードヴィヒは、がっくりと肩を落とした。


「それに、国費の金貨百枚は、城下町の孤児院を五年運営できる額です。シャルロッテは、困っている人を放っておけない子です。自分のためにそのお金が使われたと知ったら、どれほど心を痛めるか、お考えにならなかったのですか!」


「……すまない、エレオノーラ。私の、父としての情熱が、少し暴走してしまったようだ」


 ルードヴィヒは、深く反省した。エレオノーラ王妃の言うことは、全くもって正論だった。



 翌日、大食堂での朝食の時間。ルードヴィヒは、神妙な面持ちでシャルロッテに話しかけた。


「シャル。すまなかった。お前の、虹色のユニコーンのぬいぐるみが欲しいという願いだが……」


「え? パパ、どうしたの?」


 シャルロッテは、苺のショートケーキに夢中で、ルードヴィヒの深刻な表情に気づいていなかった。


「その願いを、私は国を動かして叶えようとしてしまった。だが、母上に厳しく、そして正しく諭された。すまない、シャル。父はお前を甘やかしすぎていた……」


 その言葉に、シャルロッテは首を傾げた。


「えっとね、パパ。わたし、ただ『可愛いな』って想像しただけで、別に『欲しい!』って言ったわけじゃないんだよ」


 ルードヴィヒは、顔を覆った。


「ああ、我が娘……我が宝は、なんて心優しいのだ! 自分の願いさえ、父に遠慮しているというのか!」


「いや、違うと思うぞ、父上。シャルは本当に想像しただけだろう」


 第一王子のアルベルトが、苦笑いを浮かべながら言った。


「そうよ。シャルはいつも楽しそうに想像してるもの」


 第一王女のイザベラが、優雅に笑う。


「父上は、もっとシャルの魔法の才能を信じるべきですよ。虹色なんて、シャルは自分で作れますから!」


 第二王子のフリードリヒが、豪快に笑った。


「そうよ、シャル。その虹色は、あなたの魔力の色なのよ。自分の力で作ってみましょうよ!」


 第二王女のマリアンネが、目を輝かせながら提案した。彼女はシャルロッテの魔法の応用力に興味津々だ。


「えっ、自分で作っていいの?」


 シャルロッテの目が、きらきらと輝いた。

 前世の知識と魔法を組み合わせる……それはシャルの大好きな遊びだ。


「うん! 作る! でも、虹色のふわふわした布なんて、どこにあるかなぁ……」


 シャルロッテがそう呟いた、その時。


 これまで冷静に事態を見守っていたエレオノーラ王妃が、そっと立ち上がった。


「あら、布なら、ありますわ」


 エレオノーラは、優雅に微笑みながら、夫に向かって言った。


「ルードヴィヒ、貴方は国費を使おうとしたからいけないのです」


「え、エレオノーラ?」


「王家の私財、つまり、私の宝物庫にあるものなら、問題ないでしょう?」


 ルードヴィヒは目を丸くした。


「ま、まさか……」


「ええ、そのまさかですわ」


 エレオノーラは、さらに優雅な笑みを深めた。


「シャルロッテ。貴方が生まれるよりずっと昔、先々代の王妃が隣国から贈られた『七彩のシルク』というものがあるわ。虹色の魔力を込めて織られた、光を当てると七色に輝く、触り心地が世界一ふわふわな秘宝よ」


 家族全員が、息を飲んだ。


「その布は、王家の歴史上、一度も使われたことのない秘宝。でも、どう考えても、貴方のユニコーンのぬいぐるみのためにあるとしか思えないわ」


 エレオノーラは、ルードヴィヒに聞こえるか聞こえないかの小声で囁いた。


「あなたみたいに、国費を使って騎士団を危険に晒すような、大馬鹿な真似はいたしませんんことよ。私は、静かに、そして誰よりも、最高の愛情を娘に注ぐのよ」


 ルードヴィヒ国王は、驚愕のあまり、口をあんぐりと開けた。


「エレオノーラ……お前、それは……」


「さあ、シャルロッテ。お母様と一緒に、薔薇の塔で秘密のぬいぐるみ作りをしましょう。マリアンネ、貴方も魔法の助言をしてあげてね」


「はい、お母様!」


 マリアンネは目を輝かせた。イザベラは「私もデザインを手伝うわ!」と、アルベルトは「護衛兼、糸切り役なら任せてくれ!」と、フリードリヒは「俺がユニコーンの角を削ります!」と、全員が嬉しそうに立ち上がった。


 シャルロッテは、七彩のシルクという「可愛い」響きに、もう夢中だった。


「わあ! 七彩のシルク! ふわふわで、きらきらなんだね! エマ、急いで準備しよう!」


「はい、シャル様!」



 家族全員に置いていかれたルードヴィヒ国王は、呆然と椅子に座ったままだった。


「……私の愛情は、妻には及ばないというのか」


 オスカーが、そっと国王の肩に手を置いた。


「いえ、陛下。王妃殿下は、ただ、陛下よりも巧妙に、かつ王家の秘宝を使って愛情を示されただけです。その情熱は、まさに国王陛下の愛に匹敵します」


「うぐっ……そんな、負けてしまった……!」


 ルードヴィヒは、心から悔しそうに顔を歪めた。だが、その顔は、すぐに嬉しそうな笑みに変わった。


「だが、妻も、子供たちも、シャルロッテを心から愛してくれている。これ以上の喜びはない! よし、オスカー! 私も今から薔薇の塔へ行く! 糸通し役でも、針の番人でも、何でもいい! 我が宝の、初めての虹色ユニコーン作りに、父として参加するぞ!」


「畏まりました、陛下!」



 その日、薔薇の塔の秘密の小部屋では、王家全員が集まって、小さなユニコーンのぬいぐるみ作りが進められた。


 ルードヴィヒ国王は、ぎこちない手つきで糸を通し、エレオノーラ王妃は七彩のシルクを丁寧に裁断する。アルベルトとイザベラはデザインを協議し、マリアンネは光魔法で布を縫い合わせる手伝いをした。フリードリヒは、庭師のハンスにもらった木材で、小さなユニコーンの角を削っていた。


 そして、主役のシャルロッテは、出来上がった虹色の布を抱きしめながら、幸せそうに微笑んでいた。


「ふわふわで、きらきら! 可愛い~!」


 家族の温かい視線に包まれて、シャルロッテは心から思う。


 ――この世界で、こんなに愛されて、シャル本当に幸せ♪


 彼女の笑顔は、七彩のシルクよりも、ずっと強く、優しく、その場を照らしていた。


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