第三百九十八話「塔の上の恋文と、姫殿下の『光の梯子』」
その日の午後、シャルロッテは、モフモフを抱き、城下町の最も古い一角、時計塔の裏手に立っていた。彼女は、そこで、若い職人の見習いである少年、アルドが、空を見上げて、深い溜息をついているのを見つけた。
アルドの恋の相手は、時計塔の最上階にある工房で働く、内気な少女リネットだった。二人は、互いに心惹かれ合っていたが、アルドの「自信のなさ」と、塔の「高さ」と「隔絶」が、二人の恋の大きな障害となっていた。
「ああ、リネット……。この手紙を、どうすれば、あの高い塔の窓まで届けられるのだろうか」
アルドは、手に持った、丁寧に綴られた恋文を見つめ、途方に暮れていた。
◆
シャルロッテは、アルドの「恋の切実さ」と、リネットの「塔の上の孤独」という、二つの感情の波動を感知した。彼女は、アルドの傍にそっと寄り添った。
「ねえ、アルドお兄さん。その手紙、リネットお姉さんに届けたいんでしょう?」
アルドは、姫様の突然の問いかけに、驚いて飛び上がった。
「ひ、姫様! おそれながら、わたくしのような見習いの恋路など、お気になさらず……。姫様のような高貴な方がかかわるような問題ではございません。でも、ああ……この塔はあまりに高く、わたくしの力では、どうにもならないのです……」
シャルロッテは、首を傾げた。
「違うよ、お兄さん。手紙は力ずくで届けるものじゃないよ。優しい魔法で、そっと運んであげるんだよ」
「魔法、ですか……? しかし、わたくしは、ただの職人見習いです。特別な力など……」
アルドは、そこまで言って自分の無力さを思い出し、顔を伏せた。
「違うよ。お兄さんの恋の気持ちが、一番強い魔法なんだよ!」
シャルロッテは、アルドの手から恋文を優しく受け取った。
「ね、お兄さん。この手紙をね、リネットお姉さんの窓まで、風に乗せてあげるの。お兄さんの『好き』っていう気持ちが、風になるんだよ」
アルドは、なおも戸惑った。
「わ、わたくしの気持ちが風に……? そんな、姫様のお力を借りるなど、畏れ多い! それに、もし途中で風が変わって、手紙が落ちてしまったら……。それは、わたくしの勇気のなさが露呈するのと同じことになってしまいます……」
アルドは、失敗への恐怖と、リネットへの愛の間で激しく揺れていた。
◆
シャルロッテは、その恐怖の感情を否定しなかった。
「ううん。落ちても、大丈夫だよ。だって、落ちた手紙を、お兄さんがもう一度拾う。その『拾う勇気』だって、リネットお姉さんには、一番嬉しいプレゼントだよ」
シャルロッテは、アルドの恋文に、光属性と風属性の魔法を丹念に融合させた。手紙は、アルドの愛の波動を吸収し、その物理的な重さを失い、まるで鳥の羽のように軽くなった。
「さあ、お兄さん。目を閉じて。そして、『リネットお姉さんが、幸せになるように』って、優しくお願いしながら、そっと空に放すの。愛の願いは、絶対に風を裏切らないよ」
アルドは、姫様の言葉に込められた揺るぎない信頼に、ついに勇気を得た。彼は、目を閉じ、恋文を空に放った。恋文は、風の魔法に乗って、塔の窓に向かって、優雅に舞い上がった。
◆
シャルロッテは、その恋文の軌跡に、光属性魔法で、七色の、虹色の光の粒子を散りばめた。その光の軌跡は、塔の窓から、アルドの足元まで、「愛という名の、見えない梯子」を架けたのだ。
塔の工房で孤独に作業していたリネットは、窓の外を舞い上がってきた光の手紙に気づき、静かに窓を開けた。彼女は、手紙の温もりと、窓の外に架けられた七色の光の梯子を見て、涙ぐんだ。その梯子は、リネットの「塔の上の孤独」を破る、「愛という名の出口」だった。
リネットは、手紙を読み終えると、愛の勇気を得て、窓から身を乗り出し、アルドに向かって、「私もあなたを愛している」という、純粋な愛の波動を、光の色彩で返した。
アルドは、リネットからの愛の波動を受け取り、自信を取り戻した。彼は、リネットの愛の光を道標に、自らの足で塔の階段を上り始めたのだ。
◆
シャルロッテは、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、届かない距離も、愛の光の梯子があれば、怖くないもん! お兄さんの愛と勇気はやっぱり本物だったんだね!」
その日の午後、時計塔は、シャルロッテの純粋な愛の哲学によって、「愛は、高さという物理的な障害を、光の梯子で乗り越える」という、温かい真理に満たされたのだった。




