第三百九十五話「日向の猫と、姫殿下の『眠れる預言の七段階』」
その日の午後、王城のテラスは、冬の終わりを告げる、温かく、静かな陽光に満ちていた。
シャルロッテは、最も日当たりの良い石畳の上で、モフモフを抱き、銀色のウェーブがかった髪に陽光をきらきら反射しながら、ごく微細な寝息を立てていた。その姿は、まるで太陽の光を浴びる、一匹の可愛い白猫のようだった。
すべてが、平和な昼下がりだった。
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しかし、その光景を、テラスを見下ろす窓や、城下町の遠い丘から見た王城の人々や民草たちは、それぞれの愛と論理をもって、壮大な物語を紡ぎ始めた。
王立軍事顧問である老将軍ガストンは、望遠鏡で姫殿下の姿を凝視した。彼は、姫殿下の魔力波動が、ごく微細に「七つの規則的な波長」で変動していることを感知した。
「見よ!姫殿下は、『眠れる預言の七段階』に入られた! この魔力波動の緩やかな上昇と下降は、七日後の王国の運命を、無意識に計算されているのだ! これは、平穏な昼寝ではない! 極秘の軍事魔力演算だ! 陛下に報告せねば、七日後の危機に対処できない!」
ガストンは、姫様の静かな午睡を、極秘の軍事行動と解釈した。
いっぽう、城下町の果物屋のマルタおばさんは、遠くの城を見て、深く頷いた。
「ああ、姫様は今日も『大地の感謝の儀式』をなさっているのだね。姫様のあの銀の髪が、太陽の光を浴びて、そのまま大地に感謝の光を注いでいる。姫様が眠ってくださるおかげで、この大地は愛と安らぎを得て、今年の果物は豊作になるんだよ!」
彼女は、姫様の午睡を、農事の吉兆と解釈した。
また同じころ、大食堂の給仕係トリスタンは、テラスの清掃のため、静かに近づいたが、姫様の安息の表情を見て、足を止めた。
「姫様は、今、『最も愛らしいものの究極の集合』という名の夢をご覧になっているに違いない。モフモフのふわふわ、クッキーの甘さ、そして家族の笑顔。私が今、音を立てれば、その究極の幸福を乱すことになる。私の使命は、音を立てず、この愛の無音の結界を守ることだ!」
彼は、姫様の午睡を、芸術的な安息と解釈し、それを邪魔しないために清掃を中断した。
また若き彫金師ディオンは、テラスの柵の影から、姫様の姿を盗み見ていた。
「姫様は、今、『時間という名の布』を織っておられるのだ。その安息の時間の長さこそ、王国の平和の持続時間を示す。姫様の寝息の規則的なリズムこそ、平和な未来の正確な鼓動なのだ。このリズムを、私は銀の装飾品に刻まねばならない!」
彼は、姫様の寝息を、未来への保証と解釈した。
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そして…………王城では何も起こらなかった。
軍事顧問の報告も、マルタおばさんの確信も、トリスタンの献身も、ディオンの創作意欲も、すべては、シャルロッテの安らかな午睡という、ただ一つのささやかな事実から生まれた、壮大な愛の幻想だったのだ。
陽光が傾き始めた午後、シャルロッテは、モフモフの温もりの中で、ゆっくりと目を開けた。
「んん……ふわあぁ……よく寝たぁ」
シャルロッテは、モフモフを優しく抱きしめた。
「ねえ、モフモフ。なんで、お昼寝って、こんなに気持ちいいんだろうね。きっと、みんなが優しく見守ってくれたからだね」
彼女の目には、周囲の人々の壮大な想像の波紋は、微かに映っていなかった。彼女の幸福の根拠は、常に「今、ここにある愛」という、最もシンプルなものだった。
シャルロッテは、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、難しいこと考えるよりも、純粋にゆっくりお昼寝するほうが、百倍可愛いもん!」
その日の午後、王城のテラスは、シャルロッテの愛らしい午睡という、ささやかな日常の美しさによって、「愛は、時に最も壮大な物語を紡ぎ出す」という、温かい真理に満たされたのだった。




