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第三十九話「執務室の片隅と、アルベルトの秘密の『砂の風景』」

 その頃、第一王子アルベルトは、多忙な政務と王位継承者としての重圧で、極度の不眠に陥っていた。彼の執務室の机には、徹夜の証である書類の山が積まれている。


 彼は、完璧な王子として振る舞うが、内心はストレスで疲弊していた。アルベルトには、幼少期に海辺の別荘の砂浜で、裸足で砂を踏む感覚が、唯一の癒やしだったという秘密があった。その感覚だけが、彼の重責を忘れさせてくれたのだ。



 ある日、シャルロッテは、兄の執務室を訪れた。兄は、疲労困憊の様子でソファに座り、顔を覆っている。


 シャルロッテが、兄の足元を見たとき、違和感を覚えた。


「ねえ、兄様。絨毯の上に、変な砂が落ちてるよ」


 絨毯の隅に、きらきらと光る、極めて微細な砂の粒が落ちていた。それは、王城の庭園の砂でも、城下町の石畳の砂でもない、海の砂のような、独特の感触を持っていた。


 シャルロッテは、すぐに察した。アルベルトが、無意識に土属性魔法を使い、幼少期の砂浜の感覚を再現しようとした、心の痕跡なのだと。兄の繊細な内面世界が、魔法を通じて漏れ出していたのだ。



 シャルロッテは、兄の癒やしのために、魔法を使うことを決意した。


「兄様、少しの間、この隅の絨毯、使ってもいい?」


 アルベルトは、疲労で深く考えることもできず、ただ頷いた。


 シャルロッテは、オスカーに頼み、執務室の奥の、誰にも見えない一角の絨毯を静かに外させた。そして、モフモフを抱き、土属性魔法を応用する。


 彼女は、その剥き出しの床を、「砂の風景」として作り変えた。砂は、単なる土の粒ではない。それは、足を踏むと、幼い頃のアルベルトが感じたであろう、さらさらとした感触と、微かな潮の香りを再現する。癒やしの魔力が込められた、特別な砂浜だった。


 シャルロッテは、完成した「砂の風景」の隅に、海で拾ったような可愛らしい貝殻を一つ置き、そっと部屋を出た。



 深夜。アルベルトは、書類の山から顔を上げ、深い疲労感に襲われた。無意識に、彼は幼い頃の砂浜の感触を求めて、執務室を歩き回る。


 そして、彼は、執務室の隅に現れた、その不思議な「砂の風景」に気づいた。


 アルベルトは、誰にも見られることのない静かな空間で、靴を脱ぎ、裸足でそっと砂を踏んだ。


 さらさらとした砂の感触。微かな潮の香り。幼い日の安堵感が、一気に蘇ってきた。重責に苦しむ心が、潮風のような温かい光に包まれるのを感じた。


 アルベルトは、砂の風景の隅に置かれた貝殻と、誰にも言っていないはずの、自分の秘密を理解した妹の愛に、胸が熱くなった。



 翌朝、アルベルトは、顔色も回復し、完璧な笑顔で政務に臨んだ。


 オスカーは、その回復ぶりに驚き、そっとシャルロッテに感謝を伝えた。


「殿下の魔法は、本当に、私の想像を超えています」


 シャルロッテは、モフモフを抱きながらにっこり微笑んだ。


「えへへ。兄様には、可愛い癒やしが必要なんだよ!」


 執務室の片隅の「砂の風景」は、兄の秘密の癒やしの場所となり、妹の無言の愛が、王位継承者の重責と、繊細な内面世界を、支え続けることになった。

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