第三百八十七話「見えない糸と、姫殿下が織りなす『心の布』」
その日の午後、私……洋裁ギルドの幹部を務めるロザリンド……は王城の謁見室で、我がギルドが王妃様に献上した新しい布地の展示会に立ち会っていた。シャルロッテ姫様は、いつものようにモフモフ様を抱き、静かに隣に立っていらっしゃる。
私は、誇らしげに、王妃様の採寸に基づいて作られた、「究極の透明な布」を指し示した。この布は、王族への献身的な愛を理解できない者には見えない、という触れ込みで創られた。もちろん、実際には何も織られていない、空っぽの空間である。
「姫様。この布は、『真の愛と知性』を持つ者にしか見えません。この透明な布こそ、わたくしどもが陛下へ捧げる、最も高貴な献上品でございます」
私は、心の中で「さあ、姫様、あなたの純粋な目で、この虚構にどう対処なさいますか?」と、静かに緊張していた。姫様なら、すぐにこの布が空っぽだと見抜くはずだ。しかし、姫様は、布が広がる空間にそっと手をかざした。
「ねえ、ロザリンドお姉様。この布はね、少し寂しい匂いがするよ」
姫様の素朴な指摘に、私の背筋に冷や汗が流れた。虚栄心は、鋭い感性を持つ姫様の前では、すぐに露呈する。私は、感情を隠し、冷静を装った。
「姫様。それは、布が極めて繊細な素材でできているためです。寂しい匂いなど、するはずが……」
その時、姫様の銀色の髪から、淡い光が放たれた。姫様は、私の虚栄心を責めず、その空っぽの空間に、光属性と共感魔法を融合させ始めたのだ。
空間は、一瞬で温かい虹色の光の粒子で満たされた。姫様の魔法は、布を織るのではなく、その空間全体に、「王族の国民への静かな献身」と「国民の王族への揺るぎない信頼」という、「愛という名の見えない糸」を、光の粒子として織り込んだのだ。
私は、その空間に立ったとき、身体の奥底から込み上げてくる、「愛されている」という安堵と、「王妃様への献身」という純粋な感情に、思わず涙ぐんだ。私が仕掛けた虚構の空間は、姫様の愛の魔法によって、「真実の献身が報われる場所」へと変貌していた。
そこに、王妃エレオノーラ様が、優雅な足取りで現れた。王妃様は、その布の前に立ち、何も見えないはずの空間を、静かに見つめた。
「ロザリンド。この布には、私が求めていた究極の優雅さがあります。それは、目に見える装飾ではなく、愛という名の見えない献身によって織られているのですね」
王妃様の言葉は、私の虚栄心を打ち砕き、真の献身の喜びを与えた。私が仕掛けた「見えない布」の虚構が、姫様の愛によって、真実の愛の存在の証明へと変わったのだ。
シャルロッテ姫様は、モフモフを抱き、にっこり微笑まれた。
「えへへ。だって、誰かの虚栄心よりも、愛という名の、見えない糸のほうが、絶対可愛いもん!」
私はただ、静かに頭を垂れるしかなかった。姫様の深い深い愛の前に……。
その日の謁見室は、姫様の愛の哲学によって、「真の献身とは、見えない愛によって織られる」という、温かい真理に満たされた。私は、二度と虚栄心という布を織るまいと、心の中で固く誓ったのだった。




