第三十六話「ふわふわと、きらきらと、幸せの計測」
その日の薔薇の塔は、朝から最高の「可愛い」で満たされていた。
シャルロッテは、お気に入りのパステルピンクのフリルドレスを着て、巨大なクローゼットの前で、エマに髪を結ってもらっていた。銀色のふわふわの巻き髪に、エマは繊細な白いレースのリボンを編み込んでいく。
「ね、エマ。このリボン、世界一可愛いリボンだよ!」
「まあ、シャル様。それは、シャル様が世界一可愛らしいからでございますわ」
モフモフは、その様子を、床に敷かれた柔らかい絨毯の上で丸くなって見守っている。モフモフの毛皮も、お手入れが行き届いて、究極のふわふわだ。
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朝食の時間。シャルロッテは、大食堂の席に座ると、目の前のカップを覗き込んだ。そこには、エマが作ってくれた、ふわふわのクリームが乗ったホットチョコレートが湯気を立てている。
「わあ、きらきらしてる!」
シャルロッテは、自分の虹色の魔力を、カップの湯気にそっと込めた。湯気は、一瞬にして七色に輝き、ホットチョコレート全体が、宝石のようにきらめいた。
ルードヴィヒ国王は、それを見て、感極まって涙ぐんだ。
「ああ、エレオノーラ! 我が宝のホットチョコレートは、太陽よりも輝いているぞ!」
エレオノーラ王妃は、微笑みながら、シャルロッテの頬をそっと撫でた。
「シャル、あなたが笑っていると、本当にすべてが可愛らしくなるわ」
シャルロッテは、スプーンでクリームをすくい、モフモフの鼻先にそっと差し出した。
「モフモフも、あーん!」
モフモフは、小さな口でクリームをペロリと舐め、幸せそうに「ミィ」と鳴いた。その可愛らしい一挙手一投足に、家族全員の顔がほころんだ。
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午後は、シャルロッテの「可愛い計測」の時間だ。
マリアンネの魔法研究室へ遊びに来たシャルロッテは、研究に使われている大きな天秤の前に立った。
「ね、お姉様。わたし、今日、どのくらい可愛いか測ってみる!」
「ふふ、シャル。その天秤は重さを測るものよ」
「違うよ! 可愛さも、測れるの!」
シャルロッテは、天秤の片方に、お気に入りの虹色ユニコーンのぬいぐるみを乗せた。そして、もう片方には、自分の小さな手をそっと乗せた。
ユニコーンのぬいぐるみの方が重く、天秤はユニコーン側に傾いた。
「うーん、ユニコーンさんが、ちょっと勝ちだね。じゃあ、これ!」
シャルロッテは、自分の手をどかし、代わりに、満面の笑顔を作って、天秤の皿に向かって優しく息を吹きかけた。その息には、彼女の純粋な「幸せな気持ち」と、微弱な治癒魔法が込められている。
すると、まるで魔法のように、天秤は、ゆっくりと、しかし確実に、シャルロッテが乗っていない側の皿へと傾いた。
「わあ! わたしが勝った!」
マリアンネは、その現象を目の当たりにし、研究者としての理性が麻痺した。
「ま、まさか……純粋な幸福感が、重力に逆らうほどの魔力を持つなんて! 記録よ、記録しなくちゃ!」
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夕方、シャルロッテは、モフモフと、大好きな絵本を読んでいた。
絵本を読み終えると、モフモフは、満足そうにシャルロッテの腕の中に顔を埋めた。
シャルロッテは、モフモフのふわふわの毛皮に、そっとキスをした。その瞬間、彼女の心が、温かい愛で満たされた。
「ね、モフモフ。わたし、今日も、世界一可愛い、幸せな女の子だったよ」
彼女の周りには、誰かを救う大魔法も、国家を動かす知恵もなかった。ただ、ふわふわと、きらきらと、そして満たされた愛と幸福感があるだけ。
それが、第三王女シャルロッテの、ただひたすらに愛おしい、一日だった。