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第三十四話「銀貨の裏側の、眠っている顔」

 その日、シャルロッテは、城下町でお菓子を買うためにエマから渡された、一枚の銀貨をじっと見つめていた。


 銀貨の表には、ルードヴィヒ国王の威厳ある横顔が、精巧に彫られている。それは、銀貨の価値、そして王国の威信を象徴している。


 しかし、シャルロッテの視線は、裏側の、紋章も何も彫られていない平らな面に釘付けになった。


「ねえ、エマ。この裏側って、なんだか眠っているお顔みたいだね」


 シャルロッテがそうつぶやくと、エマは不思議そうに首を傾げた。


「まあ、シャル様。裏側は、ただの銀貨の地金ですわよ。何も描かれていません」


「ううん、違うの。見て! 表のお顔は、いつもお仕事で頑張っているでしょう? だから、裏側は、そのお顔が疲れた時に休むための、静かな、お休みのお顔なんだよ」


 シャルロッテの純粋な視点に、エマは思わず「まあ、なんて可愛らしい発想」と微笑んだ。



 その銀貨を持って、シャルロッテは城下町のパン屋に向かった。


 道すがら、彼女は銀貨の裏側を、優しく指で撫でた。そして、光属性魔法を使い、銀貨の裏側に触れると温かくなる、優しい光の魔力を込めた。


「裏のお顔さん、いつもお仕事お疲れ様。わたしにお菓子を買ってね!」


 パン屋で、銀貨を受け取ったフランツは、銀貨を手のひらに乗せた瞬間、普段の銀貨にはない、微かな温かさと安心感を覚えた。


「おや、これは……」


 フランツは、その温かさに心が和み、シャルロッテに焼きたての可愛いウサギの形をしたパンをサービスしてくれた。



 夜、その銀貨は、会計処理のためにルードヴィヒ国王の執務室へと運ばれてきた。


 国王は、その銀貨を手のひらに乗せた瞬間、いつになく心が安らぐのを感じた。


 「これは……どうしたことだ」


 国王は、表の威厳ある自分の横顔を眺め、次に裏側の平らな面を眺めた。裏側には何も描かれていない。しかし、そこにシャルロッテの込めた「お休みのお顔」という概念が重なり、国王は、この銀貨が、自分の疲れた心をそっと支えてくれているように感じた。


 ルードヴィヒ国王は、銀貨の裏側(何もしない面)の存在の大きさに気づき、「表の威厳は、裏の静かな支えがあってこそ成り立つ」という、素朴で深い真理を悟った。


「そうか……。私も、いつも王として『表の顔』を張っているが、時にはこうして『裏の顔』で休まなければ、潰れてしまうのだな」


 国王は、そっと銀貨の裏側にキスをした。



 翌日、シャルロッテは、城下町で出会う人々にも、この発見を教えた。


「ねえ、この銀貨の裏側はね、みんなの毎日のお買い物を静かに応援してくれてる、お休みのお顔なんだよ」


 最初は不思議がっていた城下町の人々も、その素朴で優しい視点に心を打たれた。


「そうか……この裏の顔が、俺たちを支えてくれていたのか」


 裏側の「何もしない」存在こそが、表の「価値」と「労苦」を支えているという、ユーモラスで温かい真理は、人々の間に広まった。


 シャルロッテは、銀貨という無機物の中に、温かい生命と役割を発見し、王国の通貨に、そっと「心の安らぎ」という付加価値を加えたのだった。

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