第三十三話「窓ガラスの向こう側と、もう一人のわたし」
その日の夕暮れは、空全体が鉛色に沈んでいた。薔薇の塔の大きな円形の窓ガラスは、室内の光を反射し、鏡のように室内を映し出していた。
シャルロッテは、モフモフを膝に抱き、その窓ガラスをじっと見つめていた。ガラスの向こう側には、薄暗い庭園の景色。そして、こちら側には、パステルカラーのドレスを着た、小さな自分の影が、薄く映っている。
その影は、いつもの笑顔の自分と、どこか違っていた。口元は真一文字に結ばれ、瞳には光がない。それは、前世のプレッシャーや、この王城での生活の裏側に、彼女の内面にわずかに残る、言葉にならないアンニュイな感情を映し出しているようだった。
「ねえ、あなたは誰?」
シャルロッテは、影に向かって、そっと話しかけた。
「どうして笑わないの?」
影は無言だ。しかし、シャルロッテには、その影が「私は、みんなを幸せにできない、秘密の悲しい部分」だと答えているように感じられた。それは、前世で「跡取り」として、自分の「可愛い」を否定し続けた、孤独なもう一人の自分だった。
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シャルロッテは、その影の悲しさを消そうと、手のひらに光属性魔法を強く放った。虹色の光が、室内を照らし、影を打ち消そうとする。
しかし、光が強くなると、窓ガラスに映る影は、一層濃く、はっきりと、無表情なまま映り込んだ。影を消そうとするほど、影は存在感を増す。
「おかしいわ。ヒカリを強めているのに、どうして消えないの……」
シャルロッテは、無力感に襲われた。
◆
その時、公務を終えたアルベルト王子が、部屋に入ってきた。彼は、妹が窓ガラスを見つめているのを見て、何も言わずに妹の隣に立つ。
アルベルトの端正な姿が、シャルロッテの影に重なった。彼の影は、彼女の影よりも大きく、力強い。しかし、その影もまた、王位継承者としての重責を背負った、深い憂いを帯びていた。
しかし、そのアルベルトの影は、シャルロッテの影を包み込むように重なることで、「強さ」と「愛」の形となって、窓ガラスに映し出された。まるで、「君の孤独は、もう君一人のものではない」と語りかけているかのようだ。
シャルロッテは、兄の影から伝わる、無言の共感と、確固たる愛を感じた。
◆
シャルロッテは、悟った。影は、消すべき「悪いもの」ではない。それは、光がなければ生まれない、私の一部なのだと。
彼女は、光属性魔法をそっと解除した。光が弱まると、影もまた、優しく、淡くなる。
シャルロッテは、モフモフを抱きしめ、窓ガラスに向かって、映る自分と影、そして兄の影に向かって、にっこりと微笑んだ。
「あなたは、もう一人の可愛いわたしだね」
その言葉と共に、窓に映る影は、彼女の笑顔を真似るように、初めて穏やかな表情を見せた。内面の光と闇が、優しく共存を始めた瞬間だった。
アルベルトは、妹の髪をそっと撫でた。
「シャル。お前は、いつも正しい。光も、影も、愛してやれるのだな」
シャルロッテは、窓ガラスの前に、小さなティーセットを並べ始めた。
「さあ、兄様。モフモフ。そして、もう一人のわたしも、一緒にお茶会だよ!」
薔薇の塔には、孤独な影と、温かい愛が、ユーモラスに共存する、優しい時間が流れていった。