第三十一話「王城の秘密の倉庫と、フリードリヒの置き去りにされたおもちゃ」
ある晴れた午後、シャルロッテは、王城の探検と称して、古い道具が積み上げられた地下の倉庫に遊びに来ていた。オスカーの護衛を辞退し、モフモフを抱き、マリアンネとイザベラを伴っている。
埃っぽい倉庫の奥で、シャルロッテの目が一つの物に釘付けになった。それは、かつて可愛らしかったであろう、しかし今は一部が朽ちて、色褪せた小さな木馬だった。
「まあ……可哀想に……」
木馬は、たてがみはボロボロで、青いペイントは剥がれ、まるで誰かに忘れ去られたように、隅に打ち捨てられていた。シャルロッテは、その木馬から、言葉にできない「寂しい」という感情の残り香を感じた。
「ねえ、これ、誰の木馬だろう? 誰にも遊んでもらえなかったの?」
イザベラが近づき、その木馬を見て、ふと懐かしそうに微笑んだ。
「ああ、懐かしいわ。これは、フリードリヒが幼い頃に持っていたものよ」
◆
イザベラは、木馬に積もった埃を拭いながら、優しく語った。
「フリードリヒはね、この木馬に『ロザリンデ』って名前をつけて、女の子のように可愛がっていたの。いつもお揃いのリボンをつけて、まるで妹みたいにね。でも、ある日突然、父上から『王子たるもの、たくましくあれ、勇ましくあれ』と諭されて……。その日から、フリードリヒは騎士の道に目覚め、そして、この木馬は倉庫に隠されてしまったのよ」
シャルロッテは、その話を聞いて、胸が締め付けられる思いがした。それは、フリードリヒが「男らしくあれ」というプレッシャーから、幼い頃の「可愛いものが好き」という感情を置き去りにしたという、彼の過去の切ない憂いを映していた。その姿をシャルロッテは前世の自分の姿と重ね合わせた。
そこに、訓練を終えたフリードリヒが、偶然通りかかった。
「お前たち、こんなところで何をしているんだ。危ないぞ」
「兄様!」
シャルロッテは、木馬を指さした。フリードリヒは、一瞬、目を見開いたが、すぐに淡白な反応に戻った。
「ああ、懐かしいな。昔のおもちゃだ」
彼はそう言ったが、彼の横顔には、どこか言葉にできないアンニュイな憂いが浮かんでいた。
◆
シャルロッテは、兄の過去の「可愛い」を救い出したいと思った。
「よし! わたしが、ロザリンデちゃんを可愛くしてあげる!」
シャルロッテは、マリアンネに協力を仰ぎ、木馬の修復に取り掛かった。
単なる修復ではない。シャルロッテは、変化魔法を使い、木馬の朽ちた部分を元に戻すだけでなく、木馬にフリードリヒが最後に抱いていた「楽しかった」という純粋な感情の魔力を呼び起こさせた。マリアンネは、その感情の波長を固定する魔法陣を木馬の内部に書き込む。
木馬は、朽ちる前の鮮やかな青と赤の輝きを取り戻した。たてがみは、イザベラが新しい金色の糸で編み直してくれた。
シャルロッテは、修復されたロザリンデをフリードリヒに渡した。
「フリードリヒ兄様。ロザリンデちゃんが、『男らしくなるために、可愛いものを捨てなくていい』って言ってるよ。だって、可愛いは、兄様の優しさや強さの一部だもん!」
フリードリヒは、妹の純粋な愛と、目の前の完璧に修復されたロザリンデを見て、感情を抑えきれなくなった。彼の瞳に、涙が滲んだ。
「シャル……なんて、可愛いことを……」
彼は、小さな頃の自分を否定する必要はなかったのだ。
◆
フリードリヒは、誰も見ていないことを確認すると、そっとロザリンデにまたがった。彼の心は、幼い頃のように無邪気に解放され、彼は一瞬、王子の重責を忘れ、無邪気な笑顔を見せた。
その光景を見ていたルードヴィヒ国王は、静かに二人の元へやってきた。
「フリードリヒ。お前は、強さと優しさ、そして可愛らしさ、全てを持っていいのだ。それを捨て去る必要はない。かつての私は少し、厳しすぎたのかもしれん。赦せ」
ルードヴィヒ国王は、優しくフリードリヒを抱きしめた。
フリードリヒは、過去のプレッシャーから完全に解放され、妹の愛を深く感じた。
ロザリンデは、騎士訓練場の片隅に飾られることになった。そこには、シャルロッテの文字で小さなプレートが添えられた。
『ロザリンデ:強さとは、自分の好きなものを愛すること』
こうして、フリードリヒの過去の置き去りにされた「可愛い」は、妹の愛によって救われ、彼の強さのシンボルとなったのだった。