第二百九十九話「異国の使者と、王城の『静かなる交流』」
その日の午後、エルデンベルク王城の謁見の間は、奇妙な静寂に包まれていた。遥か東方の島国から、「言葉を持たない、静かな交流」を重んじる一人の老いた使者が、外交のために訪れていた。
使者は、謁見の間で王族と対面したが、言葉を一切発さない。彼は、ただ静かに、優雅な手の動きと、穏やかな眼差し、そしてごく微細な体の動きだけで、自身の意図を伝えようとした。
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ルードヴィヒ国王は、困惑していた。
「彼は、何を伝えようとしているのだ。外交の場において、言葉を交わさないとは、無礼ではないか!」
王族たちは、皆、それぞれの専門知識で、その「沈黙の文化」を解析しようとしたが、理解できなかった。
アルベルト王子:は言った。
「これは、交渉の主導権を握るための、極めて高度な心理戦だ!」
マリアンネ王女がそれに続く。
「いいえ、お兄様。彼が示す手の動きは、何の論理的パターンも持たないわ。単純に意味不明よ!」
フリードリヒ王子も同調する。
「言葉がないのなら、剣で語り合う方が、よほど誠実だ!」
イザベラ王女が結論を下す。
「彼の装束は優雅ですが、この沈黙は、社交の美学に反するわ」
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、使者の隣に立った。彼女の目には、使者が「言葉では伝えきれない、最も繊細な感情」を、この静かな方法で表現しようとしているのが見えた。
「ねえ、パパ。この使者のおじいさんは、優しすぎて、言葉を壊しちゃいそうなんだよ」
シャルロッテは、使者に向かって、言葉を一切発することなく、返答した。
彼女は、そっと手を差し出し、光属性魔法を応用し、手のひらに温かい、七色の光の粒子を静かに浮かべた。そして、その手のひらを、使者の前に、静かに差し出した。
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使者は、シャルロッテ姫殿下の「光の返答」を見て、初めて、顔に感動の光を灯した。
使者は、シャルロッテ姫殿下の光の手に触れることなく、静かに、自分の手のひらを、姫殿下の手のひらの上空に重ねた。そして、その手のひらから、微細な、愛の魔力を放った。
使者は、言葉の曖昧さを避け、「愛の光」という、最も純粋で、普遍的な言語で、姫殿下の意図を理解し、共感したのだ。
使者の意思は、「我々の文化は、言葉の裏に隠される、不信感を恐れる。しかし、貴国の姫殿下のような純粋な光があれば、言葉はいらない」というものだった。
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アルベルト王子は、妹の「非言語の対話」が、外交の硬直性を解いたことに気づいた。
「シャルロッテは、言葉の壁を、愛の波動で乗り越えたのだな!」
ルードヴィヒ国王は、静かに言った。
「彼女は、我々に、文化の真髄は、形式ではなく、共有される心にあることを教えてくれた」
シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、難しい言葉よりも、優しい光の方が、ずっと可愛いもん!」
王城には、異文化の静謐な美と、純粋な愛の共感がもたらした、新しい調和が満ちたのだった。




