第二百九十八話「騎士の派手な剣と、メイドの『地道な壁の強さ』」
その日の午後、第二王子フリードリヒは、騎士訓練場で、高度な「超振動剣術」の訓練に挑んでいた。彼は、剣術の奥義を追求していたが、その力の反動(振動)が、訓練場の床を無自覚に微細に痛めつけ始めていることに、彼は気づかなかった。
フリードリヒは、派手な成果を追求するあまり、その「基盤の脆さ」という、最も大切なことを見逃していた。
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その頃、エマは、訓練場に隣接する廊下で、大理石の床磨きに精を出していた。彼女の仕事は、地味で、派手な魔法は使わないが、その動作の一つ一つが、「王城の美と衛生」という、強固な基盤を支えていた。
エマは、廊下の床のタイルが、「王子殿下の訓練の振動で、ごく微細に、不規則な揺れ」を起こし始めていることに気づいた。それは、王子の無自覚な力が、地下を伝わり、王城の構造全体に影響を及ぼし始めている証拠だった。
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シャルロッテは、モフモフを抱いて、エマの隣に立った。彼女は、フリードリヒ王子の「派手な力」よりも、エマの「地道な愛」の方が、遥かに強固な基盤であることが見えていた。
シャルロッテは、エマの地道な家事に、「基盤の強化」という魔法を静かに融合させた。
彼女は、エマが床を磨く雑巾に、土属性魔法を応用した。彼女の魔法は、床の表面を磨くと同時に、床のタイルと、地下の構造物との結合を、微細な魔力で、強固に固定し続けた。
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その日の午後、フリードリヒ王子は、訓練場で、奥義の最終段階に挑んだ。彼の剣が、最大の魔力を放出し、床に激しい振動を与えた。
通常であれば、その振動は、王城全体に不快な揺れを伝播させるはずだった。
しかし、床は、微動だにしなかった。振動は、エマの地道な魔法の層で完全に吸収され、床は、まるで巨大な岩盤のように静止していた。
フリードリヒ王子は、自分の力の反動が、伝播しなかったことに、驚愕した。
「なぜだ!? これほどの超振動が、なぜ床に吸収されたのだ!?」
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フリードリヒ王子が訓練場から出てくると、廊下には、床磨きを終えたエマが、静かに立っていた。
エマは、王子の姿を見て、その労をねぎらう言葉をかけたい衝動を抑え、代わりに、心からの、温かい微笑みを向けた。そして、王子に気づかれないよう、ごく静かに、自分の腰を、小さな、しかし確かな愛の安堵を込めて、軽くトントンと叩いた。
シャルロッテは、フリードリヒ王子の隣に立ち、にっこり微笑んだ。
「ね、兄様。わかる?」
「なにがだ、シャル?」
「王城はね、派手な剣じゃなくて、エマの地道な愛で、守られてるってこと」
シャルロッテ姫殿下は、そっと床に触れた。
「エマの磨いた床は、愛でできているから、どんな振動も、優しく受け止めるのよ!」
フリードリヒ王子は、妹の言葉と、エマの奥ゆかしい温かい微笑みから、その真理を悟った。
「そうか、シャル……。俺は、派手な剣ではなく、地道な愛こそが、真の力だと悟った。この強固な基盤んがあるから、俺は思う存分、訓練ができていたのだな」
シャルの純粋な哲学は、「目立たない努力こそが、最も強固な基盤となる」という、温かい真理を、王城にもたらしたのだった。




