第二百九十七話「大時計の遅れと、執事の『一秒の重さ』」
その日の午後、王城の誰もが、時間の流れが奇妙に遅いと感じていた。特に、厳格な規律を重んじるオスカー執事は、一分の狂いもなく動くはずの、王城の大時計が、ごく微細に、しかし確実に遅れていることに、深い不安を覚えていた。
「大時計が狂っております。これは、王城の規律が乱れる、不吉な兆候でございます」と、オスカー執事は、ルードヴィヒ国王に報告した。
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、大時計の前に立った。彼女は、時計の「客観的な時間」ではなく、「人々の心の時間」が、この現象を引き起こしていることに気づいた。
「ねえ、オスカー。これはね、時計さんが、お仕事を、さぼっているんじゃないよ」
シャルロッテ姫殿下は、オスカー執事の「待つ時間」に対する哲学を知っていた。オスカーは、執事として、「待機」という、最も静かで、目立たない責務に、人生の大半を費やしている。
そして、その「待つ時間」を、彼は「無駄な時間」として、無意識に否定していたのだ。
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シャルロッテ姫殿下は、オスカー執事の「待つことへの否定」という心の波動が、大時計の「時間」という概念に干渉し、時間そのものを遅らせていることを悟った。
シャルロッテ姫殿下は、オスカー執事の隣に立ち、大時計に、光属性と時間魔法を融合させた。
彼女の魔法は、時計の針を動かすのではなく、オスカー執事の「過去の待機時間」を、「愛の価値」として、再定義した。
彼女の魔法が発動すると、大時計の文字盤に、オスカー執事が、王族のために静かに待機していた、無数の夜の光景が、光の映像として映し出された。
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「オスカー。この時計が遅れているのはね、オスカーが、誰かのために、優しく待ってくれた時間を、全部、記憶していたからだよ!」
オスカーはハッとした顔をした。
「待つ時間はね、無駄な時間じゃなくて、愛しい人を、一番優しく待ってあげられる、最高のプレゼントなの!」
オスカー執事は、その光景を見て、涙ぐんだ。彼が「無駄だ」と否定していた人生の時間が、「愛という名の、最も美しい時間の記録」へと変わったのだ。
「姫殿下。私は、人生の最も大切な時間を、無意識に否定していたのですね」
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その瞬間、大時計の針は、カチリと音を立て、正確な時間に戻った。
ルードヴィヒ国王は、娘の哲学に、深く感動した。
「オスカー。君の『待つ時間』こそが、王国の最も強固な礎だったのだな」
シャルロッテは、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、待つ時間はね、誰かを、一番可愛く思える時間だもん!」
姫殿下の純粋な哲学は、「時間の価値」を、「愛と献身の記録」として再定義したのだった。




