第二百九十二話「白鳥の湖の秘密と、姫殿下の『美しい塗り絵』」
その日の午後、王城の療養棟の個室は、光が抑えられ、重い静寂に包まれていた。老伯爵の娘、セシリアは、不治の病に侵されていると信じ込み、ベッドの上で静かに伏せっていた。しかし彼女の病は、治癒魔法や薬が効かない、深い自己暗示が原因だった。セシリアは、病気という役割を演じることで、外部の関心という名の「愛の断片」を集めようとしていた、精神的な病の渦中にあったのだ。
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シャルロッテは、モフモフを抱き、静かに病室を訪れた。彼女は、セシリアの体から発せられる「偽りの病の波動」と、「誰にも気づかれない、愛への渇望」を敏感に感知していた。
「ねえ、セシリアお姉様。病気はね、幻影だよ」
セシリアは、薄暗い部屋で、小さな王女の声に驚いた。
「姫殿下。わたくしは、もう長くありません。どうか、わたくしのことなどお忘れください」と、セシリアは、悲劇のヒロインを演じることで、自己の存在価値を保とうとした。
シャルロッテは、その「悲劇の物語」を、「可愛い遊び」で上書きすることを決意した。
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シャルロッテ姫殿下は、セシリアのベッドの脇に座り、水彩絵の具と筆、そして大きな画用紙を取り出した。画用紙には、有名な白鳥の湖を模した、優雅な白鳥の線画が描かれていた。
「セシリアお姉様。わたくしと、この白鳥さんを、一番可愛くしてあげようよ!」
セシリアは、「姫殿下……。でも、わたくしには、絵を描く気力も……」と拒んだが、シャルロッテの純粋な瞳の輝きに、抗うことができなかった。
「ううん、描けるよ! 病気のところはね、描かなくていいの。元気で、健康な体の部分だけを、パステルカラーで、いーっぱい塗りつぶすのよ!」
彼女は、パレットの上の鮮やかなピンクとミントグリーンを指さした。
「このピンクはね、『大好きな人を抱きしめられる、温かい心』の色。このミントグリーンは、『どこまでも走って行ける、元気な足』の色だよ!」
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セシリアは、小さな筆を手に取り、恐る恐る、白鳥の絵の、自分の手の部分を塗り始めた。彼女が、健康な手のひらの部分をミントグリーンで塗りつぶすたびに、シャルロッテ姫殿下は、光属性と共感魔法を応用した。
「セシリアお姉様のこの手はね、誰かを優しく抱きしめられる、一番優しい手だよ。病気なんかじゃないよ」という、自己肯定の波動を、彼女の心に送り込んだ。
セシリアは、塗り絵を進めるうちに、自分の心が、「病気の体」という役割から、「愛と生命の活力に満ちた体」へと、静かに再構築されているのを感じた。二人の少女は、言葉少なだったが、筆と色彩を通して、「病と健康」「自己否定と自己肯定」という、人生の最も深淵なテーマを分かち合っていた。
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塗り絵が完成したとき、画用紙いっぱいに描かれた白鳥は、病の影を一切感じさせない、パステルカラーの、生命力溢れる姿になっていた。セシリアは、筆を置き、自分の顔色が、嘘のように回復していることに気づいた。彼女は、もはや悲劇のヒロインを演じる必要がなかった。
セシリアは、ベッドから起き上がり、シャルロッテを強く抱きしめた。
「姫殿下。わたくしは、病気ではなく、『私自身』を、愛していなかったのですね。この塗り絵は、わたくしの魂の診断書です」
アルベルト王子は、妹の「遊び」が、医学の限界を超えたことに感銘を受けた。
「シャルロッテは、病という名の虚構を、『自己肯定という真実の色彩』で塗り替えたのだな。愛の力は、論理よりも深遠だ」
シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、暗い色よりも、可愛い色のほうが、みんなを元気にするんだもん!」
セシリアは、療養棟を出て、自分の人生を、自分の愛で彩ることを決意した。シャルロッテ姫殿下の純粋な愛と、少女の創造性は、自己否定という最も深い心の闇を打ち破ったのだった。




