第二百八十九話「異国の旅人と、王城の『忘れられた音符』」
その日の午後、王城には、遠方からやってきた一人の老いた音楽の旅人が、珍しい楽器と共に滞在していた。彼は、王宮の楽団員でも貴族でもなく、ただ「立ち寄った」だけの、静かで謙虚な人物だった。
彼の存在は、王城の厳格な秩序の中で、どこか異質で、爽やかな風を運んでいた。
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しかし、その旅人は、王城の音楽室の隅にある、古いグランドピアノに、強い関心を抱いていた。そのピアノは、長年使われていなかったため、鍵盤が何箇所か壊れ、完璧な音が出せないという欠陥を抱えていた。
旅人は、そのピアノに、誰にも言わず、毎日静かに座り、壊れた鍵盤を避けながら、不完全な音階で、しかし美しい、即興のメロディを奏でていた。
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シャルロッテは、モフモフを抱き、その音に耳を傾けた。彼女の耳には、その不完全なメロディの中に、「このピアノの最も美しかった頃の、純粋な音色」が、隠されているのが聞こえた。
「ねえ、このピアノさん、歌いたかったのに、歌えなかった、悲しい音符があるよ」
シャルロッテは、旅人に話しかけた。
「おじいさん。壊れた音符は、どうしたら可愛い音に戻せるのかしら?」
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旅人は、鍵盤から手を離し、シャルロッテを見た。
「姫殿下。壊れた音符は、直すことはできません。しかし、私は、『その壊れた音符の周りの音を、より強く、優しく弾く』ことで、『聴く者の心の中で、欠けた音符を補完させる』という、術を使っているのです」
彼は、「欠点そのもの」を否定せず、その周りの美しさを際立たせるという、独自の芸術哲学を持っていた。
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シャルロッテは、その哲学に感動した。
彼女は、旅人の手のひらを握り、光属性魔法を応用した。彼女の魔法は、旅人の心に、「あなたの音楽は、王城の硬直した心に、愛という、最も美しい音符を補完してくれた」という、温かい真実を伝えた。
その日以来、王城では、「ピアノの壊れた音」が、「旅人の奏でる、静かなる癒やしの時間」の合図となった。人々は、その音を聞くと、日常の完璧さを求めるのをやめ、「自分の心の中の、欠けた部分」に、「愛という名の音符」を補完し始めた。
マリアンネ王女は、その音楽を魔法解析装置で聴き、驚愕していた。
「この不協和音は、不協和……つまり不完全でありながらも、魔力的な波動は、完全に安定しているわ! 彼は、『不完全な音階』を、『完全な感情』へと昇華させているわ!」
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数日後、旅人は、誰にも告げず、静かに王城を去った。
しかし、彼が残した、「壊れた音符の周りを優しく奏でる」という習慣は、王城の芸術家や、政治家たちの間で、静かに受け継がれていった。
王城の哲学は、「完璧さ」ではなく、「欠点を受け入れ、愛で補完する、優雅な美学」へと、ささやかな変革を遂げたのだった。




