第二百八十四話「王冠の台座と、ハンスが捧げる『究極の一滴』」
その日の朝、ルードヴィヒ国王の執務室は、厳粛な空気に満ちていた。国王は、近々執り行われる重要な儀式のために、王冠の台座に嵌める「究極の宝石」の選定を、ハンス庭師長に命じていた。
「ハンス。王冠の頂点には、王国の威信を示す、世界で最も大きく、最も輝く宝石が必要だ。君の知識で、最高のものを探してくれ」と、国王は命じた。
ハンス庭師長は、深く頭を下げた後、数日後、宝石の代わりに、小さなガラスの台座だけを国王の前に持ってきた。
「陛下。世界で最も大きく、輝く宝石は、私の知る限り、存在しません」
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ルードヴィヒ国王は、ハンスの報告に驚愕し、怒りを覚えた。
「何を言うか! 我が国庫には、巨大なダイヤモンドがあるではないか!」
ハンス庭師長は、地面にひれ伏し、しかし静かな確信をもって答えた。
「恐れながら、陛下。それらの宝石は、王の権威を示すことはできますが、自然の偉大さを示すことはできません。王の威厳は、自然の力の前では、塵芥に等しいと存じます」
ハンスの不躾な言葉に、国王は色を失った。
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そこに、シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、執務室に入ってきた。彼女は、二人の間に流れる「権威」と「自然」の静かな対立を感じ取っていた。
「ねえ、パパ。ハンスさんが正しいよ」
シャルロッテ姫殿下は、国王の怒りを鎮めるように、ハンス庭師長が持ってきた小さなガラスの台座に、そっと指を触れた。
そして、シャルロッテ姫殿下は、水属性魔法と光属性魔法を融合させた。
彼女の魔法は、ガラスの台座の上に、朝露が凝縮された、完璧な球形の一滴の水を創り出した。その一滴は、外部の光をすべて吸収し、虹色の微細な光を放ちながら、重力に逆らうかのように静かに鎮座していた。
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「パパ。世界で一番輝く宝石はね、これだよ!」
シャルロッテ姫殿下は、その水滴の美学を説明した。
「この水滴はね、太陽の光と夜の闇と、優しい空気が、仲良しになって作ったの。パパのダイヤモンドは、人の力で作ったけど、この水滴は、世界の全部で作ったんだよ!」
そして、姫殿下は、土属性魔法を応用し、水滴に、「一瞬で蒸発しない、永遠の命」を与えた。
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ルードヴィヒ国王は、その小さな水滴の中に、ダイヤモンドの巨大さよりも遥かに尊い、「自然の無垢な美しさ」と「生命の奇跡」を見出した。彼は、自らの王権が、自然という巨大な力の前で、いかに謙虚であるべきかを悟った。
「ハンス。君が探し求めたのは、宝石ではない。真の謙遜だったのだな。この水滴こそ、王の頭上に戴くべき、最高の宝だ」
ルードヴィヒ国王は、儀式の王冠の頂点に、巨大な宝石ではなく、シャルロッテ姫殿下が創り出した、「永遠の朝露」を飾ることを決定した。
シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、自然の力が、一番可愛いんだもん!」
姫殿下の純粋な哲学は、王権の威信を、「自然の偉大さと、人間としての謙遜」という、最も高貴な美学へと昇華させたのだった。




