第二百八十二話「使い捨ての魔法具と、姫殿下の『道具への愛着論』」
その日の午後、マリアンネ王女は、王立研究所で、ある画期的な発明を成し遂げた。それは、「魔力を込めることで、短時間だけ機能し、その後、土に還る、安価な魔導容器」だ。
これまでの魔導具は高価で再利用が前提だったが、この「使い捨て」の技術は、貧しい人々に魔導具の利便性をもたらす、社会的な大発明だと、王族は賞賛した。
「父上、この安価な使い捨て魔導具は、生活水準を一気に引き上げます! これこそ、魔法科学の勝利です!」と、マリアンネ王女は、誇らしげに語った。
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、その「使い捨て魔導容器」のサンプルを見た。それは、薄い木材繊維でできており、触れると冷たい。
「ねえ、お姉様。このカップ、全然可愛くないよ」
「なぜ、可愛くないの、シャル? これは、多くの貧しい人々を救う、最高の利便性よ」
シャルロッテ姫殿下は、そのカップから、「誰からも愛されず、役割を終えるとすぐに捨てられる」という、道具の持つ深い孤独の魔力を感知していた。これはこの世界にはない、SDGsという考え方にも通じていた。
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シャルロッテ姫殿下は、「愛着のない道具がもたらす、心の貧しさ」を、王国の哲学とするべきではないと考えた。
シャルロッテ姫殿下は、マリアンネ王女の目の前で、古い、ヒビの入った、ごく普通の陶器のティーカップを手に取った。そのカップは、長年の使用で、温かい愛の魔力を帯びていた。
そして、シャルロッテ姫殿下は、その古いカップに、光属性と時間魔法を融合させた。
彼女の魔法は、カップに、「このカップが、何十年もの間に、どれだけの家族の会話と、温かい手の温もりを記憶してきたか」という、「愛着の歴史」を、光の層として纏わせた。
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「ね、お姉様。この古いカップにはね、私と、家族の歴史が詰まっているよ。使い捨てのカップはね、誰の歴史も、聞けないし、記憶もしてくれないのよ」
「ねえ、お姉さま、この新しい便利さは、古い愛よりも、大切なのかしら?」
ルードヴィヒ国王は、娘の言葉に、深く心を打たれた。
「シャルロッテの言う通りだ。我々は、利便性を追求するあまり、『愛着』という、最も尊い人間の感情を、置き去りにしようとしていた」
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マリアンネ王女は、妹の純粋な哲学に、研究者としての視点を変えた。彼女は、「使い捨て」の技術を、「愛着を込めて修復し、長期間使える、低コストの魔導具」の開発へと方向転換した。
「シャル。あなたが正しかったわ。最高の科学とは、愛を破壊するのではなく、愛を持続させることにあるのね」
シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、愛着のあるものの方が、ずっとずっと可愛いもん!」
ルードヴィヒ国王は、王国の哲学を、「利便性よりも、愛着の歴史」に重きを置くものへと静かに見直した。




