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第二十八話「五歳王女の初挑戦と、王家全員の秘密のおつかい警備隊」

 その朝、王城の大食堂は、いつになく緊張感に包まれていた。


 シャルロッテは、エマが作ってくれた可愛い花柄のエプロンを身につけ、小さな籐のバスケットを手に持っている。


「エマのママにね、特別なクリームのレシピを教えてもらうの! だから、一人で行ってくるね!」


 シャルロッテの「初めてのおつかい」の宣言だった。目的地は、城下町のパン屋「麦の香り」を営むエマの実家。距離にして、城門から約10分の道のりだ。


「い、いけません、シャル様! 私も一緒でなければ!」


 エマは顔面蒼白だ。


「ダメだよ、エマは忙しいでしょう? わたし、もう五歳だもん。一人でできるもん!」


 シャルロッテは、ルードヴィヒ国王の目を真っ直ぐに見つめた。


「パパ。わたしに一人で行かせて! ねえ、お願い!」


 ルードヴィヒ国王は、娘の「本質」を尊重しなければならないというハンスの言葉を思い出し、胸を締め付けられながらも、重々しく頷いた。


「……うむ。わかった。我が宝よ。ただし、オスカーの護衛は連れていきなさい」


「オスカーもだめ! 一人って決めたの!」


 国王は、娘の強い意志の前に、ついに折れた。


「……わかった。行ってくるがいい、我が娘、我が宝よ」



 シャルロッテが城門を出た瞬間、王家全員による「秘密のおつかい警備隊」が発足、則発動した。


 ルードヴィヒ国王とエレオノーラ王妃は、城の塔の最上階から望遠鏡で娘の姿を追う。


「ああ、シャルが、曲がり角に差し掛かったぞ! エレオノーラ、あそこに不審な猫はいないか!?」


「あなた! 猫ごときを不審者扱いしないで! それよりも、シャルが立ち止まってしまったわ!」


 長男アルベルトは、政務の書類を放り出し、側近の服装に着替えて、城壁沿いに歩いて妹を追う。彼は、風属性魔法で、妹の進行方向から来る人々に、ごく微細な()()()()()()()()()()()()()を張る準備をしている。


 次男フリードリヒは、屋根の上を移動する最速のステルス護衛を担当。彼は、「魔物退治よりも緊張する!」と、額に汗を浮かべながら、妹の頭上に影が落ちないよう、建物の陰を飛び移っていく。


 長女イザベラと次女マリアンネは、城下町側に待機。イザベラは、妹が道に迷わないよう、光属性魔法で、エマの実家の方角にある花壇の花を、わずかに明るく輝かせ続けた。マリアンネは、妹の魔力の波長を感知し、迷子になっていないかを研究ノートに記録し続けた。



 シャルロッテは、一人で城下町の石畳を歩いていた。


 彼女は、王族の誰もが知らない、超高度な魔法を使っていた。


 治癒魔法と感知魔法の応用だ。彼女は、「みんなの私への愛情の波長」を感知し、それが途切れないことで、「私は一人じゃない。みんなに見守られている」という安心感を常に得ていたのだ。


 途中で、果物屋のマルタおばさんが、シャルロッテにリンゴをあげようと声をかけそうになった。その瞬間、マルタおばさんの背後で、アルベルトがそっと風のバリアを張り、おばさんは突然くしゃみをして、声をかけるのをやめてしまった。


 シャルロッテは、大きな犬に遭遇して、思わず立ち止まった。犬が吠えそうになった瞬間、屋根の上のフリードリヒが、小石を投げて犬の注意をそらした。シャルロッテは、犬に背を向けることなく、犬に光属性魔法をそっとかけ、優しく撫でた。犬は大人しくなり、道を開けてくれた。



 そして、ついにパン屋「麦の香り」の店先に到着した。


 シャルロッテは、小さな体の何倍もあるドアを、両手で懸命に押し開けた。


「こんにちは! エマのママ! シャルロッテです! 特別なクリームのレシピを教えてください!」


 エマの母アンナは、この小さな天使姫が一人で来たことに驚き、そして感動した。



 王城の塔では、ルードヴィヒ国王が望遠鏡を落とし、大声で叫んだ。


「やったぞ! やった! 我が宝が、無事に任務を遂行したぞ!」


 アルベルトは、屋根の上のフリードリヒと視線を交わし、深く頷き合った。イザベラとマリアンネも、嬉し涙を流しながら、抱き合った。


 王家全員の心は、一つの感情で満たされた。


「「「「「シャル、よくやった! さすが我が娘(妹)!!」」」」」


 シャルロッテは、レシピを教わっただけでなく、パン屋で特別な可愛いウサギの形のパンをお土産にもらい、満足げに帰路についた。


 おつかいは、シャルロッテの愛らしい挑戦と、王家全員の過剰で秘密の溺愛によって、大成功に終わったのだった。

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