第二百六十八話「霧の迷路と、銀の髪の『見えない手のひら』」
その日の深夜、王城の地下深くの霧の迷路は、極度の冷気と、音を吸収する、不自然な静寂に包まれていた。第二王子フリードリヒは、騎士の資格を得るための、「五感を封じた状態での、真の勇気を試す」という、孤独で過酷な試練に挑んでいた。
彼は、視界を布で覆い、冷たい石の壁を手探りで進む。彼の心は、「誰にも頼れない、自分一人」という、極限の孤独に晒されていた。
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、その迷路の出口の前に立っていた。彼女は、フリードリヒ王子の「孤独な苦闘」という、切実な魔力の波動を感知していた。
「ねえ、モフモフ。兄様、今、とっても冷たいよ。でも頑張っているからえらいよね!」
シャルロッテは、兄の試練を妨害することはしなかった。しかし、彼女は、「孤独ではない」という真実を、兄に伝えることを決意した。
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シャルロッテ姫殿下は、風属性と光属性の魔法を融合させた。
彼女の魔法は、迷路の空気を操作し、フリードリヒ王子の右手のひらの上空に、「一滴の、温かい水のしずく」を、常に、一定の間隔で、降らせ続けた。
それは、「妹の存在」を、「物理的な感触」として、兄に伝えるための、非言語的な通信だった。
同時に、シャルロッテ姫殿下は、その水のしずくに、「君は、正しい道を歩いている」という、純粋な信頼の魔力を込めた。
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冷たい壁を手探りで進んでいたフリードリヒ王子は、突如、右手に当たる、温かく、一定のリズムで降る水のしずくに気づいた。
彼は、そのしずくが、人間の物理的な力ではあり得ない、「愛の存在」の証明であることを唐突に悟った。そのしずくは、彼に、「孤独ではない」という、究極の安心感と、「誰かに愛されている」という、揺るぎない信頼をもたらした。それは確かに愛する妹から発せられる波動だった。
「ああ……シャル。君は、こんなところまで……」
フリードリヒ王子は、その温かいしずくを道標として、迷路の最も複雑な区画を、迷うことなく突破した。
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試練を終え、布を取ったフリードリヒ王子は、妹の元に駆け寄った。彼の顔には、孤独の苦闘ではなく、深い感謝と、愛の安堵が満ちていた。
「シャル! 君は、俺に、愛という名の、最高の道標を与えてくれた! 君の愛は、どんな暗闇をも照らす!」
シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、一人で寒いのは、可愛くないもん。愛しい人と一緒だと、どんな冷たいところも、ポカポカになるでしょう?」
シャルロッテ姫殿下の純粋な愛は、孤独という、精神的な壁を打ち破り、「愛は、感覚となって、最も必要な瞬間に届く」という、温かい真理を証明したのだった。




