第二百六十五話「王城の秘密と、双子の『魔力の断絶』」
その日の夜、エルデンベルク王城の隠された訓練場は、異様な緊張感に包まれていた。王家に古くから仕える、二人の若き異能者、火のカインと水のアベルが、「秘術の継承」を巡る、避けられない対決に挑んでいた。秘術の教義は、「二つの力は相容れない。勝者のみが真の秘術を得る」と、兄弟の間に冷たい断絶を強制していたのだ。
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訓練場の中央で、火と水の魔力が激しく衝突していた。
兄カインの体から、猛烈な熱波と、爆発的な火球が放たれる。訓練場の石畳は、熱でひび割れ、空気が焦げ付いた匂いがした。
弟アベルは、それを冷たい水の壁で受け止める。水は、炎によって一瞬で蒸発し、巨大な、白い、悲劇的な水蒸気となって、空間を満たした。彼らの力は、互いの存在を否定するために使われていた。
「アベル! 力を一つに集約しなければ、私たちは滅びる!」と、兄カインは叫んだ。
「わかっている兄上! 私だって本当はあなたを傷つけたくない!」と、弟アベルは、水の壁の裏で、涙を流しながら抵抗した。
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、その戦いの場へ現れた。彼女は、二人の間に渦巻く「愛し合っているのに、殺し合わなければならない」という、激しくも切ない宿命の魔力を感知していた。
シャルロッテ姫殿下は、二人の間に飛び込もうとしたが、カインの放った火球が、彼女の目の前で爆発した。
シャルロッテ姫殿下は、爆風からモフモフを守るため、自らの銀色の髪と体で、その炎を受け止めた。炎は、彼女の皮膚を傷つけることはなかったが、彼女の虹色の魔力回路に、激しい負荷をかけ、一瞬、彼女の体が冷たい水と、熱い炎という、二つの激しい痛みに襲われた。
「ひっく……! だめ……! 本当は好きなのに……そんな二人が戦うのは、悲しいよ……!」
彼女は、激しい痛みに耐えながら、二人に訴えかけた。
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シャルロッテ姫殿下の純粋な痛みと、自己犠牲的な献身は、二人の異能者の心を打った。彼らは、自分たちの「運命的な戦い」が、最も敬愛する姫殿下を傷つけたことに、深い後悔を覚えた。
シャルロッテは、痛みに耐えながら、水属性と光属性の魔法を融合させた。
彼女の魔法は、火と水の属性を反発させる法則を否定せず、「反発力」を「愛という名の、引き合う力」へと変換する、新しい論理を創り出した。
シャルロッテ姫殿下は、兄カインの炎の魔力に、「弟アベルを温める優しさ」という魔力を、弟アベルの水の魔術に、「兄カインの炎を、最も美しい形に磨く共鳴」という魔力を、自らの傷ついた魔力回路を触媒として、流し込んだ。
その瞬間、二人の異能者の魔力は、衝突することなく、螺旋を描いて、一つの、巨大な「虹色の炎」となって、天空へと昇った。それは、「力は、愛という名の痛みを通して、初めて完全となる」という、究極の協調性の証明だった。
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二人の異能者は、涙を流し、互いを抱きしめた。彼らを縛っていた「勝者と敗者」という冷たい宿命は、妹の愛と献身の痛みによって、「愛と共鳴」という、最も美しい絆へと変わった。
アルベルト王子は、妹の知恵と痛みに、深く感動した。
「シャルロッテ。君の献身が、彼らの宿命の鎖を断ち切ったんだな。えらいぞ」
シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、仲良しなのが、一番可愛いでしょう?」
姫殿下の純粋な愛と献身は、運命の悲劇を、愛の力で打ち破ったのだった。




