第二百六十一話「極彩色のドームと、王家の『歓喜の輪舞』」
その日の夜、エルデンベルク王国の郊外に設営された、巨大な極彩色のテントは、熱狂的な歓声と、動物の匂い、そしてキャラメルの甘い香りに満ちていた。シャルロッテ姫殿下は、家族と共に、「光と影の即興劇場」とも呼べる、初めてのサーカスにやってきた。
ルードヴィヒ国王、エレオノーラ王妃、そして四人の兄姉たちは、王族席に座り、その異様な熱気に包まれていた。
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暗転したテントの中央、スポットライトが放たれた瞬間、鮮やかな原色の衣装を纏った道化師たちが、太鼓と金管楽器の荒々しくも陽気な音に合わせて、雪崩のように飛び出してきた。
シャルロッテ姫殿下は、その予測不能な光と音の洪水に、瞳を限界まで見開いた。彼女の銀色の髪は、道化師の衣装のショッキングピンクと、蛍光イエローの反射光を浴びて、七色に輝いた。
「わあ! モフモフ! まるで生きている夢みたい!」
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次に始まったのは、テントの天井近くに張られた、細い一本の綱の上を、裸足の女性が、パラソル一つで渡る曲芸だった。
シャルロッテ姫殿下は、その「極限のバランス」に、心を奪われた。彼女は、風属性魔法を応用し、テント全体の空気の振動を、ごく微細に分析し始めた。
彼女の目には、綱渡りの女性が、「重力という強大な法則」と、「自らの重心の移動」という、完璧な、知的な対話を行っているのが見えた。女性の足が綱を踏むたびに、彼女の体から、「生への切実な集中」という、美しい魔力が放出されていた。
「ねえ、お姉様たち。あの人、自分の命を、一番美しいで表現してるよ! 素敵! 可愛い!」
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そして、ハイライト。二人の男女が、数十メートルの高さで、互いに手を離し、「信頼という名の空間」を飛び交う空中ブランコだ。
シャルロッテ姫殿下は、その「一瞬の放擲と、一瞬の掴み取り」のドラマに、深い感動を覚えた。
彼女は、時間魔法を応用し、二人の手が離れたごく短い「無重力の時間」を、一瞬だけ、永遠のように、鮮烈な記憶として、王族全員の心に刻み込んだ。
その時間は、「信頼がなければ、一瞬で死に至る」という、人生の最も切実な真実を、優雅に表現していた。
アルベルトは、「真の信頼とは、論理ではなく、放擲の勇気だ」と悟り、フリードリヒは、「愛する者を信じる勇気こそ、最高の力だ」と、涙ぐんだ。
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テントの中は、熱狂的な拍手に包まれた。
ルードヴィヒ国王は、娘を抱きしめた。
「シャルロッテ。君は、サーカスの『技』ではなく、『命が持つ、最高の輝き』を見ていたのだな」
シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、みんなの命が、一生懸命、楽しそうに笑っているのが、一番可愛いんだもん!」
シャルロッテ姫殿下の純粋な愛と感受性は、サーカスの熱狂の中で、「生への無条件の肯定」という、最高の哲学を表現したのだった。




